HOME
アメリカ留学
ヨーロッパ留学
サイトマップ
お申込手続きの流れ
お問い合わせ


■シリコンバレー日記 PART 3■

最終更新日 2004/08/30 MONDAY

2004/07/26 MONDAY 〜ベジタリアンパーティ〜

有子が、なんと私たちにベジタリアンディナーをもてなしてくれた。
前日、私たちは近所のスーパーマーケット(紀伊国屋並みのスノッ
ブな値段)へ買出しへ行った。たくさんの野菜と、ビーツやクスクス
を購入。有子は一日を費やして、すばらしい料理の下ごしらえ。私
たち3人(Kanako&Joe&けいな)がお仕事している間に完成させ、
Joeの家でDinner Party!! ヨガを終えた有子の今後をみんなで熱く
語りながら、ワインと共に夜が更けていった。有子、ありがと。

NY出身のJoeも、カリフォルニア&アラスカ育ちのKanakoちゃんも
自己主張が激しい。「え?これはディベート大会ですか?」ってくら
いしゃべる。
私も負けじと主張したが、英語でスピーディに話すにはあと2年は
かかりそう。特にJoeにはお手上げだった。You have every right 
to be upset…のように、you have every right~ってゆうフレーズを
彼からよく聞く。電話会社にクレームしてる時にも使ってたし。これ
って口語なの?訳すとしたら、「キミはヒャクパ怒っていいんだって
ば!」?

Joe&Kanakoちゃんは、サンフランシスコ市内の高級オクションに
住んでいる。なんであんなに落ち着くんだろう。私、毎日のように来
ている。彼らは、私のオフィスは地元Burlingameにあるというのに、
彼らの誘いに甘えて、しょっちゅう自分ちとは逆方向のJoe宅へと
車を向かわせてしまうのだ。


2004/07/27 TUESDAY 〜サンフランシスコの街〜

サンフランシスコはどんな街かと聞かれたら、私は、気候がよく、人がオープ
ンで、穏やかな街だと答える。今日は、住んでみて感じたサンフランシスコ
の特徴を書こうと思う。

まず観光ガイドに書いてあるように市内には信じられないような坂。私の運
転中の一時停止はいつも命がけだ。「斜め45度」などの標識はSF独特。
次に、有名なケーブルカー。観光客でいつも長蛇の列が出来るので市内の
足に使うのは無理。車は必須である。
こっちの人は、「車で1時間も通勤なんて絶対ヤだから引っ越す」なんてよく
言ってる。アメリカ人!日本の通勤電車は人とカラダが密着するどころかチ
カンにだって会うんだぞ!車渋滞くらいガマンしろ!と言いたい。

そして最後に人々のオープンさ。ヒッピーの発祥の地でもあるここは、ゲイの
発祥地でもある。どうやら昔、軍から追い出されてしまったゲイの人たちが
強制送還されたのがサンフランシスコの港だったらしい。ゲイとひとくくりにさ
れるけど、同じアパートの友達Patrickのような人は、最近増えてきてヘテロ
セクシャルと言われている。
女の子が好きだけど、限りなくゲイっぽいフェミニンな男のことだ。ここにはオ
ジサン同士で手をつないで歩くカップルや、女の子同士でデートしているコた
ちが普通にたくさんいる。超かっこいい人はたいていゲイなのも事実だった。
住んでみると、ゲイかストレートかを当てられるようになる。日本で電車に乗
ってて、「あのオジサン、競馬帰りだ」って当てられると同じ。

そんな自由で坂の多い街に引っ越してきて5ヶ月が過ぎたけど、全然帰りた
くない。


2004/07/28 WEDNESDAY 〜ランチ合コン〜

取引先NSDの北村さま(7/15日記参照)の同僚、隅田さま
(こちらももちろんエリート駐在員)が赴任期間を終え、帰国する
日が迫ってきたので、ランチ合コン?をした。Burlingameでいちば
んおいしいと言われるSakae Sushiでちらし寿司を食べた。隅田さ
まは最後ということでSupreme Chirashi $20をみんなで奮発し
てご馳走。Regular Chirashiもおいしかったから、Supremeは
さぞおいしかったことだろう。うにといくらが乗っていた。

ランチ後はPeet's Coffeeでおしゃべり。北村さま、隅田さま、
Kanakoちゃん、けいなの4人でたわいのないお話で盛り上がる。
ホントみんなおもしろいから、学生のように笑い転げた。突然日本
がすごーく恋しくなった。

アメリカで企業戦士として戦ってきた二人

隅田さま帰国3日前
私たちはみんな同級生。27歳という、結婚や恋愛、仕事に思いっきり悩まされる歳だ。大学を卒業して間もない頃は、みんな会社に就職をし、似たような社会人ライフを送ってきたが、27歳にもなると、全然みんな一緒じゃない。ある人は起業し、ある人は渡米し、ある人は駐在員として世界を股にかけて働く。仕事をやめて結婚をするコがいる一方、銀座OLをやめて、アメリカでヨガ修行に走り、資格まで取るコ(有子)までいる。本当に人生はおもしろいと思う。

どんな瞬間も、思いっきり楽しめる自分でいようと思う。ちょっとくらい先が見えなくっても、お金がなくなっても、好きなことをやろうと思う。


2004/07/31 SATURDAY 
〜LAのお友達Helen〜

今週末はLAで過ごした。今回は有子と一緒に、お友
達Helenのおうちに泊まった。Helen(白人、会社経
営)は、有名な映画会社の副社長をやってた人。もう6
年来の友達だ。これまでも、日本やサンフランシスコ
に遊びに来てくれて"Sweetie, You are my family."と
言ってくれる。そんな彼女のお宅は、Malibuに近い
Pacific Palisadesにある。
@Helen宅のライブラリーとガーデン

LAの街並み
泊まるのは初めてだったが、有子も私もそれぞれお部屋とバスルームを与
えられ、感激。 有子は、いきなりこんな豪華なステイ先で、初日は緊張しっ
ぱなしだったという。

Helenはこの日、"Wedding Shower"(結婚が決まったBrideにプレゼントをあ
げるパーティ)に出かけたので、私たちはいとこのCherylとMakiと合流。 巨
大ハンバーガーをがっついてランチ。あー、LAに来た!という感じ。SFには
ない粗い感じの空気と刺激が溢れている。

4人でGlendale Galleria Shopping Centerへ出かけた。ここは6年前、有子
と私が始めてアメリカ留学したときに通ったショッピングセンターなのだ。
あの頃から私はアメリカで働いてみたいと夢見ていたけど、まさか実現する
とは思わなかった。そう思うと、感慨深さもひとしお。大好きなショップ"
FOREVER 21"を発見して、興奮する私たち。

そう、前回ここに来た時、私たちは21歳だった。ファッションと男の子のことし
か考えてない生意気な大学生たちは、27歳になってそれプラス仕事やキャ
リアのことも考えるようになった。でも、基本は変わってないと思う。私たちは
あの頃も今も、人生を楽しもうと必死に考えながら余裕のふりして生きてい
る。"FOREVER 21"の精神で。

@FOREVER 21


2004/08/1 SUNDAY 
〜LA、ファーマーズマーケットとSanta Monica〜

LA2日目。Helenの家にお友達のKarenが来てBreakfastを食べにPacific 
Palisadesのダウンタウンへ出かけた。とってもいいお天気。レストランは、朝
から地元の人たちでいっぱい。さすがLA、マリブエリア。SFではあまり見か
けないようなハリウッドライクなご老人や奥様が多い。たとえば、ブロンドを
逆立て豊胸をプリプリさせてるおばあちゃん。
私たちは、朝食を済ませるとそのままファーマーズマーケットを見て回った。
毎週日曜日に開催されるここPacific Palisadesのファーマーズマーケットは
なんだか上品。ナマのラベンダーを発見して購入。ベッドサイドに置くと深い
眠りにつけるという。HelenとKarenはジモティだけに、知り合いに次々
遭遇。朝から、いろんな人とのおしゃべりを楽しんだ。

その後、一度Helen宅へ戻りSanta Monicaに出かけた。有子と私が3rd 
Street Promenadeにあるショップ"Urban Outfitters"に行きたがったから
だ。Coffer Bean's でコーヒーを買い、飲みながら歩く。
Santa Monica特有の洗練された空気が、LAを感じさせる。やっぱり旅行っ
ていいな。SFでは私はいつもホスト役だったから、LAではのんびりできる。

この旅を最後に有子とはしばらくお別れ。彼女はLAから電車Amtrakに乗っ
てNew Orleans, North Carolina, NYへと旅をするのだ。「1ヶ月も泊めてくれ
てありがとう」と、有子が気を使ってプレゼントをくれた。布製のかわいいアル
バム。よし、後1ヶ月、このアルバムにもう少し思い出を加えていこう。

ヨガ修行僧、有子と、キャリアOLけいなの旅は、まだ続く・・・。


2004/08/07 SATURDAY 〜古き良き、SF日本町〜

JoeとKanakoちゃんに誘われて、Tom Cruiseの話題作 
"Collateral" を見に行った。早朝からGolden Gate Bridgeを渡っ
た対岸の映画館で、AM9時からスタンバイ。 映画は、
Tom Cruiseがアサシン(殺し屋)を演じ、タクシードライバーの
Jamie Foxxが巻き込まれていくサスペンス。Tom Cruiseは、
悪役の方が絶対いいと思う。最高だった。

その後、仕事で使う極細のペンを買いにサンフランシスコの日本
町に行った。気が利かないアメリカには超極細のペンなんかない
のだ。日本町には、私も初めて行ったんだけど、本当にかわいい
町だった。
ストリートの名前もカタカナで書いてあり、20年前の日本という感じ。文房具店には、アメリカ人も多かった。私たちが購入した極細ペンのように、"ちょっと気の利いたグッズ"は日本製しかないから。そして紀伊国屋では、初めて「アメリカ人アニメオタク」を見た。白人の男の子3人組で、日本のアニメTシャツや漢字Tシャツを着ていた。オタクと言ってもさわやか青年だったのでビックリした。

日本町は、1968年に出来たそうだ。サンフランシスコは日米交流の歴史が最も長い街である。日本史で習うように1860年に勝海舟たちがサンフランシスコ湾に上陸した時が最初だという。総領事館も1870年(明治3年)にオープンしているのだからすごい。その土地の歴史を知ると、今自分がいることがもっとおもしろくなる。


2004/08/08 SUNDAY
〜モントレーで自分のルーツを考える〜

San Joseに住む、いとこファミリーや親戚、総勢11人で、Short 
tripに出かけた。目指したのは、サンフランシスコから南へ200キ
ロのモントレーとカーメル。モントレーは水族館が有名な美しいビ
ーチ沿いの街。Cannery Rowという所にあるレストラン「BUBBA 
GUMP」でランチした。ここはトム・ハンクスの映画「フォレストガン
プ」の舞台となった場所。フォレストが友達のババの夢を叶え始め
たお店というイメージ。映画に出てきたベンチで写真撮影。超楽し
かった!
次に、Monterey Bay沿いの有名な"17-Mile Drive"をドライブし
た。ここは、クリントンイーストウッドも住んでいる $10 million以上
の豪邸が立ち並ぶ丘。ゴルフコースなどもあり、Bayでは野生のラ
ッコを見て感激。その後はカーメルという軽井沢みたいな所に行き
みんなで遊んだ。ちびっこたちは元気いっぱい。

今日、私はとても興味深い資料を見せられてしまった。それはな
んと私の家系図。かなり祖先のことまで書いてある表だった。どう
して親戚に日系アメリカ人や多人種がいるのか説明を受け、今ま
でぼんやりしていた自分のルーツが少し明確になった。
みんな日本語がしゃべれないし、アメリカ人と結婚していたりする
けど、日本のスピリットを大切に思っている。
その証拠に、子供たちに日本の名前やミドルネームをつけたりしている。また、日本人や日本の文化に接するため
だけに、仏教会という所にちびっこたちを入れたりしている。彼らはみんなアメリカにいながらも、一度も行ったことの
ない日本を愛し、誇りに思っている。私は、アメリカに渡った祖先を誇りに思った。


2004/08/09 MONDAY 〜Burlingame Jazz Festival〜

いとこのバースデイプレゼントを買いに、歩いて町に出ると、何やらいつもよ
り騒がしい。私が住んでいるBurlingameの町が生意気にもJazz Festivalを
やっていたのだ。2車線しかない小さなダウンタウンは歩行者天国になって
いて、ステージではJazzが演奏されている。ちびっこ用にメリーゴーランドな
ども設置されていて、フェスティバルムード満点。

プレゼントを買おうと思っていたステーショナリーショップがお休みだったの
で、Festivalを一人で見学した。露天がたくさん出ていて、地元のアーティス
トたちの絵画なども売っていた。
Peet's Coffeeのフローズンモカを飲みながら見て回っていると、男に声をか
けられた。1人目は、メキシコ人のアミーゴで、濃すぎてだめでした。2人目は
かっこいいアメリカ人で、大学生だと言う。よせばいいのに、とっさに歳をサ
バ読むケイナ27歳。あたしってバカ。

それにしてもPee't Coffeeってすごい。出会いの場なのだ!私の友達も、な
ぜかみんなPeet'sで新しい友達やboyfriendに出会っている。恐るべし
Peet's。コーヒーショップが多い町は、girlfriend, boyfriendが出来やすい
とニュース記事の「Best city for single」でも報道していた。日本の「ナンパ」
も、アメリカのように"出会い"と見なせばイメージアップだと思う。


2004/08/10 TUESDAY
〜Vertex Link社長に初めてのアテンド〜

今日、株式会社Vertex Link の木佐谷社長と高山様が出張でアメリカに到着
され、私とKanakoちゃんは、通訳アテンドをさせていただいた。

Vertex Linkは、高音質MP3プレイヤー"iAUDIO"やマルチメディアプレイヤー"
MediaWiz"を製造・販売しているIT企業。ガジェット(最新電子機器)好きには
たまらない最先端の企業なのだ。

アテンドがんばります!
到着早々打ち合わせに入る私たち4人。 今日の会議のポイントを説明していただく。Kanakoちゃんはエンジニアの
高山様をアテンド。私は、木佐谷社長と2人で早速取引先へ出発。時差ぼけを感じる間もなく、初日から会議なの
だ。40分ほどのドライブで到着し、会議がスタート。インターンの私は通訳経験がなくとても不安だったのだが、「大
丈夫だよ」とやさしい社長のお言葉。さすが、世界の最先端でビジネスを行う社長!英語は完璧で、会議はどんど
ん進んでいったのだ。

Kanakoちゃん

エンジニアの高山様
取引先のアメリカ企業は社長を熱烈歓迎していて、夜は
高級中華料理で接待を受けた。鱶鰭スープや北京ダッ
クなどインターン生活ではありえない高級Dinnerをいた
だき感激。そして何より驚いたのは社長と取引先アメリ
カ企業の方々とのアツイ関係だった。そのアメリカ企業
が今ほど軌道に乗っていない頃からのお付き合いらし
く、深い絆が築かれていることがよく分かった。それはき
っと木佐谷社長の人柄によるところが大きいのだろう。

通訳さえ出来ない見習中のインターンがアテンドして
も、嫌な顔ひとつしないでビジネスを教えてくれる人な
のだから。


2004/08/11 WEDNESDAY 〜高山様のアメリカ出張〜

Vertex Link の木佐谷社長と共に来られたエンジニアの高山様は、これが初めての
アメリカ本土&出張だという。高山様はKanakoちゃんアテンドのもと、サンフランシスコ
の対岸にあるネットワークセキュリティ、PKIなどを扱うアメリカ企業を訪問。1日目の会
議では、お客様は全員白人で10人くらいに囲まれる。通訳はいるものの、そんな中で
技術の説明を行い、テクニカルな質問に答えるのは大変なことだろう。私は今は「アテ
ンド」という立場だけど、もし将来エンジニアとして、そんな場に出席することになった
ら、どれくらい緊張するだろう・・・と想像したりした。

高山様は会議を難なくこなし、お客様主催のピクニックにも参加。商談もうまくいき、お
客様からも強く信頼を得た模様。Kanakoちゃんは、マーケティング担当の方から通訳
の腕を買われ、日本出張の時にアテンドをお願いされたらしい。

アメリカ名物、変な色のジュース
高山様はアメリカという国にステレオタイプのイメージを持っていた。たとえば、地下鉄にはグラフィカルな落書きが
書いてあったり、毎日アメリカ人は巨大な肉をがっついていると思い込んでいたという。ご自身も「それは、アメリカ
人が日本に来て『芸者とフジヤマ』と騒いでいるようなものですね」とおっしゃっていて、話は盛り上がった。高山様
は素直に、アメリカのいろんなことに驚いてくださった。一昔前の日本人は、みんなこうだったんだと思う。私は高山
様に出会い、忘れかけていた何かを思い出していた。それは、異なる文化や習慣全てことに興味をもち敏感に反応
しappreciateしていくことだ。

ビジネスマンライフを満喫

取引先のエンジニアとKanakoちゃん

取引先主催のBBQ



木佐谷社長を囲んで
2004/08/12 THURSDAY 〜アテンド最終日〜

今日は株式会社バーテックスリンク様アテンドの最終日!朝、サンフランシ
スコのヒルトンにお迎えにあがり、10日と同じ取引先へと向かった。私はそ
こで、ミスをしてしまい大変申し訳なかった。取引先に10:30アポと聞いてい
たのだが、会うべき全ての人と10:30に会えるわけではないということが当
日分かったのだ。しかも前日私は19:00に退社してしまったので、その後に
来たメールを確認していなかった。 取引先の担当者は私に電話していたら
しいのだがそれを聞かずに、当日ホテルに直行してしまった。
もっと説明すると10日のMeeting Minutes (議事録)を担当者Judyが追記し
10日中に私へメールするはずだった。しかし11日の19:00まで待ってもメー
ルは来なかったので、私は家に帰ってしまったのだ。今思えば、なぜ催促の
電話をしたりしなかったのだろう。その電話一本でいろんなことがクリアにな
ったはずなのに。私が謝ると少しも怒らずに、「いつもこんな感じですよ」とや
さしいお言葉で励ましてくださる木佐谷社長。偉大な方である。

結局10:30に担当者とミーティングした後、次々と木佐谷社長が他の人との
アポを入れてくださり、4つの会議をこなした。予習していたおかげで内容も
だいたい把握でき、英語の会議にも随分慣れた。今日一日で学んだことは
計り知れなかった。

みんなでスーパーマーケット見物

特製プライムリブ
夜は、高山様&Kanakoちゃんと合流。高山様のリクエストで、"Broadway Prime"
で巨大ステーキを食べる。高山様は本当にユーモアたっぷりの方で、彼のお話に
私たちは笑い転げた。3泊4日の超ハードスケジュールで会議をこなし日本へ帰っ
ていく木佐谷社長と高山様。

今、こうやってハードでグローバルな活躍されている日本のビジネスマンが、日本
の将来を支えているんだわ!と私は熱く思った。


2004/08/13 FRIDAY 〜Sandy産休に入る〜

事務処理やアカウンティングを担当していたSandyが、明日から
産休に入るので、ケーキを買ってきてみんなでパーティ。Sandyは
香港系アメリカ人で、私が入社した時から、ずーっとお世話になっ
た人。中国系の人によくあるように、最初は怖そうだなぁって思っ
たけど全然で、いろんな相談をさせてもらった。仕事のことはもち
ろん、アメリカでの生活のこと、車やアパート、英語についてなど
いつも教えてもらってた。

私が来た時点ですでに妊娠していてお腹が大きかったんだけど、
ここ数ヶ月がすごかった。週明け彼女に"Morning!"と声をかけお
腹を見ると、先週よりも明らかに大きくなっている。人間の神秘だ
と感動したりしていた。Sandyは出産が近づくにつれて、食欲もす
ごくなった。

Mikiさん、Sandy、引継ぎのSuzanne

おそろいBAGを購入し中学生のようにはしゃぐ私たち
日本では妊娠してもプラス何キロまでしか太らない方がよいという常識があるらしいがアメリカではない。栄養を取れば取るほどいいみたいだ。タブーな食べ物も日本とは違う。「ナマ魚はタブーだからサシミとかダメなのー。」と彼女は言っていた。

産休も日本より期間が短いみたい。パワフルなSandyは、出産1週間前まで会社に来ていた。いつも16:00には帰ってたけど、毎日アカウンティングの仕事をサッサカやったり会社の用事で出かけたりしていた。出産後は、ベビーシッターが見つかり次第復帰するという。アメリカと日本では、女の子の社会進出度がやっぱりかなり違うと実感した。

夜は、Kanakoちゃんがケイナ宅に来てお泊りゴッコ!明日はデトロイト支社の人たちと早朝から遊ぶのだ。


2004/08/14 SATURDAY 〜カンパニートリップ(社員旅行)〜

デトロイト支社とシアトル支社の社員をサンフランシスコ本社に集めて、全体会議
をやった。そこで私とKanakoちゃんは、デトロイトのメンバー3人と一緒にサンフラ
ンシスコ観光に行ったのだ。

サンフランシスコ観光といえば、もうツアーガイドばりに得意な私たち。今まで、
ケイナ宅には数々のゲストが来たが、これほどおりこうなゲストはいなかった。
それが今回デトロイト支社から来た3人組。Tom、Kiyo、Bradの3人は、いつも
仕事でメールしたりはしていたけど実際に会ったのは初めて。本当にいい人
たちで、私たちも心から観光を楽しめた。まずミニ中華街でKanakoちゃんご推薦
のレストランでランチ。いきなりの労働系中国人だらけの店内にヒク一同。
中華街がないデトロイトから来たBradは、「こんなお店は見たことがない」と目を
丸くしていた。その後、お約束のぐねぐね道(Lombard Street)を歩き、アルカト
ラズ島をバックに写真撮影。

Tom, Brad, & Kiyo

カストロにあるショップ
美しいEmbarcaderoを歩き、"Ferry Building Marketplace" に
も行った。ここはサンフランシスコベイに面している1896年設立のラ
ンドマーク。1930年代のゴールドラッシュ時には、夢を追い求めて
来る者たちの唯一の交通手段だったという。最近リニューアルし、
今では観光客に人気の洗練されたモールになっている。Kiyoは、
「サンフランシスコ、いいっすねー」と感動していた。

そして嫌がる男たち3人を、無理やりCastroに連れて行った。
Castroはゲイの町。道行く人はみんな男同士、女同士で手をつな
いでる。私も初めてこの街を訪れたが、サンフランシスコのイケメン
80%がゲイっていう噂は本当なのだ。"Does Your Father Know"と
いうショップにはエログッズがいっぱい。観光客も多い。Tomは、視
線を感じるのか、この街を異常に恐れていた。ゲイを象徴する虹の
フラッグがいたる所に溢れているこの街を私はとても気に入った。
そして夜。デトロイトメンバーが時差ボケ(SFとDetroitには3時間の
時差がある)に苦しみ始めたので、宿泊予定の上司Mikiさん宅に
向かった。Mikiさん宅は豪邸で山の中にある。着くと、Mikiさんはま
だ帰宅しておらず、時間つぶしに車で山を下ると、遭難してしまっ
た。1時間経っても道は見つからず、あたりは真っ暗闇。Bradが怖
い映画の話をはじめ、アライグマを轢きそうになったときは死ぬかと
思った。Tomが、「ところでこの音楽さっきからずっと同じ曲がかか
ってるね・・・」と言った瞬間、私は怖くて運転を変わってもらった。
ようやくMikiさんが帰ってきて家に入れることになった。 私たちは
もうくたくたで、ソファに倒れこんだのだった。言えることはただひと
つ。私たちの絆がありえない程、深まったということだった。


2004/08/15 SUNDAY 〜衝撃のオーガニックレストラン〜

昨日は、あのMikiさん所有(?)の恐山での一件でクタクタになりながら、Kanako
&Joe宅に命カラガラ帰ってきた。Joeの不在を狙って、クラブで踊り狂う予定だっ
たのだが、疲れすぎて中止。家でワイン大会をすることにした。Joeのワインセラ
ーから高級ワインを勝手にチョイスし、2人で飲み干す。酔いも回っていい感じで
Girls Nightは更けていった。

次の日の日曜日は、昨日会社のみんなと観光で行ったFerry Buildingに再トラ
イ。海を見ながら、ぶらぶら歩く。そして、"Where should we do lunch?"と
ドライブしながらレストランを探していると、何やらあやしげなお店を発見。
「ま、ここで、いっか」という感じで入ってみると、・・・・Kanakoちゃんもケイナも
突然無言に。壁一面に書いてあるメニューとお店に並べてある食材の数々を見
てピーンと来たのだ。"This is exactly our place!! Yes! Totally" 叫ぶ私たち。
そう、そこはなんとオーガニックレストランだったのだ!しかもそのレベルの高さは
マニア(私たち)向け。
100%ヨギ(ヨガをやってるコ)でしょー!ってゆう写真の女の子が一人でやっ
ているこのお店。メニューも期待通りマニアック。全部、野菜を野菜に巻いて
作ったモノとか、いろんな草を煎じて作ったドリンクとかばかり。I love it!! お
店は開放感抜群で、近所のオヤジとかが勝手に入ってきてモモとかかじっ
てたりする。従業員らしき人がもう一人いるんだけど、その人はずっとそのオ
ヤジとしゃべってて全然働く気なし。しかもなぜか肩の上に鳥を2匹も乗せて
いて、もはや俗世に戻る気もなし、という感じ。

とにかく私はこの店が気に入って感動を覚えたのである。


2004/08/16 MONDAY 〜Company Meeting〜

デトロイト支店とシアトル支店のメンバーを迎えてついに月曜日から全社会
議が始まった。社長が、いつもがんばっているメンバーの交流の場&進捗
状況の確認として会議を企画したのだ。デトロイト支店のTom, Brad and 
Kiyoとは土曜日にサンフランシスコ観光と恐山での恐怖を一緒に体験した
のでだいたいキャラは分かった。でもデトロイトのボスで私にUNIXを教えてく
れたJunさんやシアトル支店の浅川さんとはお会いするのは今回が初めて。
電話ではいつも話していたので私は彼らと会うのが楽しみだったのだ。
会議では、各自が担当している業務内容をプレゼンした。社員が少ない会
社なので、みんなとても重要な仕事を任されている。デトロイト支店はCATIA
というCAD関連のシステムの構築保守をやっているので、内容はかなり専
門的だった。彼らは会社でいちばんの稼ぎ頭だ。

私は、8月でインターン期間が終了するので、そのまとめとして、今までやっ
てきたことを発表した。会社のメンバーはとにかくいい人ばかりなので、温か
く聞いていただいた。改めて、自分が何ていろんな業務を経験させてもらっ
たんだろうと自分で発表しつつ感無量だった。
会議が終わると、隣町SanMateoにある日本食レストランでDinner。取引
先、ユニシスの営業の方々も含めて20人くらいで飲み会をした。インターンを
して最もよかったことの一つに人との出会いがある。会社の人も含めて、本
当に会う人会う人魅力的で、私はいつも感化されている。こうやっていろん
な人から刺激を受け、知見や視野を広げていくんだわ、と思った。

日本にいる頃より随分視野が広がり、いろんな角度でも物事を考えられるよ
うになったと思う。


2004/08/18 WEDNESDAY 〜会社で流す涙の種類〜

会社の先輩たちが、8月いっぱいで帰国する私に"Farewell Lunch Party"をしてく
れた。レストラン"THAI STICK"の「Long Song」というお気に入りメニューを食べた
後、突然のケーキ登場。育児休暇に入るSandyが私のために、買って来てくれた
のだ。「あぁ、私はもうすぐここを去るんだ。」こみ上げてくる寂しさに涙が出た。

涙と言えば、最近仕事で泣いてしまった。悲しいとかつらいんじゃなくて、悔しく
て。しかも「せっかく苦労してやったのに、無駄だったわけ?」というイカリに近い悔
しさ。私はその時、Bossから指示されたローカライズの仕事をやっていた。CATIA
のトレーニングソフトウェアの翻訳だ。CATIAには専門用語や独特な言い回しがあ
るから、それが分かるように、日英の「言い回し対応表」を作るように言われた。し
かも納期は2日後!そこで、私は別のCATIAトレーニングソフトからサンプル文を使
い、HTMLで日英対応表を作成。納期がタイトだったので血相を変えて打ち込ん
だ。集中しまくって4時間で仕上げた。

Susanne, Sandy & Gary 
それなのに、Bossは「実際の翻訳は別の会社がやることになったから、私達はネイティブチェックのみでいい」と言
い放ったのだ。日英対応表なんて不要だということだ。私は呆然となりBossに食ってかかった。悔しくて涙が出た。

だけど、私は影口を言うようなことはゼッタイしたくないので、Boss本人の前で言いたいことを120%言った。「それ、
言いすぎでしょ」ってくらいブチまけた。すると私的にすっきりし、Bossの話も素直な気持ちで聞くことができた。結局
和解し、自分にも不備がたくさんあったことがよく分かった。納期的に無理な仕事をやる時はそれを上司に説明し、
対策を一緒に考えること。4時間も集中したりしないで、途中で確認をすること、など。忘れないでおこうと思う。

4時間も集中したのにーー

泣かされても大好きなBoss


2004/08/19 THURSDAY 〜気の合う友達とワインがあれば〜

私の同僚Kanakoちゃんはこの日記、最多登場の女の子。このコのおかげで私のアメリカ
生活はエキサイティングなものとなった。今日もJoe宅でワインを片手におしゃべり。その
中で私はこんなことを考えていた。

アメリカで暮らしている日本人は多い。3年生活すれば日常英語で分からない言葉はほと
んどなくなると言う。でも、ビジネスの場でアメリカ人と対等にやりあえる日本人はどれだ
けいるだろう。私はネイティブに英語がしゃべれる日本人をKanakoちゃん以外に知らな
い。
彼女は日本で生まれたけれど幼い時からアラスカ、LA、サンフランシスコで
暮らしてきた。だから、日本で、例えばひとつの街から出たことのない女の
子とは全く違った価値観と視野を持っている。もっとも驚いたのはそのコミュ
ニティの多様さ。エリート社長から、ストリッパーまで様々なアメリカ人の友
達がいて、その誰もがKanakoちゃんを絶賛する。

仕事だってガッツがある。ITセミナーなどに出かけて名刺交換した潜在顧客
(企業)に、電話でアポ入れし、私達の会社が提供する価値やサービスを売
り込んだりする。
そんな"とびこみ営業"は、日本語でだって相当難しいと思う。だけどKanako
ちゃんはそれを完全バイリンガルでやってのけ、実際にアメリカのソフトウェ
アを日本市場に進出させた実績がいくつもある。営業をやり、コンサルをや
り、通訳、技術翻訳、マーケティング戦略立案・・・日米ビジネスに関わるこ
となら何でもやる。

そんな彼女と働き、プライベートでも仲良くなれたのは、私のインターン生活
において、収穫だった。このコの存在を私はずっと忘れないと思う。キレイで
仕事をがんばる女の子を私は無条件で尊敬する。



最多登場レストラン"IL Fonaio"
2004/08/20 FRIDAY 〜ライムライトでカラオケパーティ〜

来週の月曜日がお仕事ラストなので、会社のみんながFarewell 
Partyをやってくれた。いつも22時くらいまでバリバリ働いているGary
さんやMikiさんもその日は、早く仕事を切り上げてくれた。Dinnerは、
思い出の"IL Fonaio"で。このレストランに私はこの半年間で10回以
上来ている。会社が主催して私が担当した「シリコンバレー研修」で
も使ったし、デートにも何回も使った。お店はかなり広く、レストランエ
リアの他に、オープンカフェ、バーカウンターもあり常に賑わっている。
私達は社長のトークに盛り上がりながら、おいしいイタリアンを食べ
た。

その後社長Halの提案で日本町のカラオケスナック"ライムライト"へ。
海外のカラオケはどこもそうかもしれないが、ライムライトには最新
機器や最近曲はない。昔ながらのカラオケだ。それでも、海外在
住日本人はたまーに行きたくなるのだろう。それにしても、Halは
本当にカラオケが上手だった。新しい曲を良く知っているし、いろ
んな曲でハモれるんだからすごい。しかもそのクオリティを他の人
にも求める(笑)。 私がHalに言われてよく知らない小柳ゆきの曲
を歌うと、Halは「それじゃハモれないよー(怒)」とクレームを言い
始めたので、みんな超笑った。「マイクをこう、持って!」「こう歌っ
て!」と、手厚く指導を受ける。この仕事並みの指導力は何なん
だ!もしやプロ?

そんなふうにして楽しい夜は更けていった。私が思ったことは、や
っぱり人より飛び出ている方は、普段から飛び出ている。仕事が
得意な人は遊びも大得意だってこと。

社長指導を受けるケイナ

Kanakoちゃんは英語の曲



Family Bond(家族の絆)
2004/08/21 SATURDAY 〜Gabby's バースデイパーティ〜

今日はGabbyの11歳のお誕生日で、日系アメリカ人の親戚たちがまた集ま
った。Gabbyのひいおじいちゃんと私のおじいちゃんが兄弟という関係。私の
Familyはそういう絆を大切にするので、遠い親戚でも、連絡を取り合いイベン
トには必ず集まるのだ。今回集まったのは、Gabbyの友達も含めて50人くら
い。Gabbyのママは、アメリカを象徴するような人。2回離婚してるけど、不動
産で成功していて、ちびっこたち3人はのびのびと育っている。そんな彼らの
家は、サンフランシスコの対岸をさらに東に行ったMoragaという町にある。
着くと家はちびっこたちで溢れていて、一瞬ひるむ私。私より少し
上の世代のいとこたちと話していると、ちびっこ達が大群で押し寄
せてきた。"ケイナー!Come on!" と外に連れ出された。すると
突然Gabbyの弟、悪ガキMax(6歳)が、私の背中に向かってウォ
ーターガンを発射。すごい勢いで水浸しになる私。信じられな
い・・・。いろんなゲームに参加させられるのだが、ことある毎に日
本から来たゲスト=私はターゲットに・・・。ここまで熱狂するのは
子供だから?それともアメリカ人だから?ちびっこに慣れていない
私にとっては、何もかもが興味深かった。ゲームのチーム分けの
時には、みんな私を欲しがってくれたのだが、たいした活躍をしな
かったので、激しく文句を言われる私。「Secret recipe」と言って
作ったドロドロのベチョベチョの物体を手にいっぱいつけて、追いか
けられる瞬間は、完全にトラウマだ。

ちびっこたちにまぎれる私
Gabbyは11歳で、ホントに生意気でかわいい。私の発音が悪いと、思いっきり注意してくる。とってもムカツクやり方
で!たとえば、"We went to Monterey" (私達モントレーに行ったんだよねー)と言うと、Gabbyは"Hello~!! Did you 
go to Canada? No way!! " (はああ??カナダに行ったわけー?絶対ちがーう)と言う。「モントレー」の発音が「(カ
ナダの)モントリオール」に聞こえるといって笑われる私。 そしてついに、「ケイナには特訓が必要だわ」という結論
に至ったらしく、GabbyとLaurenにベッドルームに連れて行かれた。何が始まるのかと思うと、突然2人は"ドレミの
歌♪"を歌いだした。ここでは説明できないくらいオリジナルな振り付けで!さすがにこれには私もこらえきれなくな
って爆笑して、お腹が痛いくらいだった。

私はここアメリカで、明らかに10歳くらい若返っている。

熱唱中のGabby & Lauren



Joe
2004/08/22 SUNDAY 〜港での日曜日〜

あー、先週は泣いたり笑ったり怒ったり大変な一週間だったぁ。社員旅行
中、恐山で遭難したり、突然ハードな仕事が舞い込んでテンパって空回りし
たり、上司に逆ギレして食いついたり、「そんな仕事したくない」とKanakoち
ゃんが駄々をこねたり、私が泣いて怒ったり・・・・。思い出しただけでも疲れ
る濃い1週間だった。

そんな仕事の疲れを癒そうと、私たちは街へ出た。
まずは8/15日記で紹介したレストラン"Lucy Juicy"でベジタリアンラン
チ。今日でKanakoちゃんたちと過ごす週末も最後だと思うと、切ない。
Kanakoちゃんが「ジンジャーガーリックジュース」みたいなハードコアなドリン
クを飲み干した。

そして突然号泣!「ケイナがいなくなると、本当に会社で鬱になるよ!」と言
う。私も、寂しさと、帰国後すぐにシステムエンジニアに戻り、日本の情報過
多社会に適応しなければいけないことへの不安と焦りでいっぱいだった。

フェリービルディング

ベイブリッヂ
その後も少し感傷に浸りながら、サンフランシスコ中心部にある"Ferry 
Building Market Place"にやってきた。天気がよくて気持ちがいい。暑くもな
くて寒くもない。サンフランシスコらしい気候。最高にキレイなベイブリッジを
見ながら、私は自分の感情が浄化されたのではないかということに気づい
た。

例えば・・・友情で泣くなんていうのは、高校生までだと思ってた。アメリカに
来るまで。だけど純粋に友達のことを考えて涙がでるときがあるのだ。断言
してもいいけど、私はそんなキャラじゃなかったのに。そしてそれはちょっと
恥ずかしいけど、多分すばらしいことだ。


2004/08/23 MONDAY 〜Last day at office〜

涙、涙、涙・・・。今日は、会社最後の日なのだ。いつものように朝9:30に出社し
て、いつものように、ミネラルウォーターを一気飲みした。しばらくすると経理の
Susanneが出社し、Kanakoちゃんが「Hi けいな!」と言いながら軽やかに現れ
た。GaryさんやMikiさん、社長が出社し、いつもの1日が始まった。ひとつ違うの
は、私は明日からここにはいないってことだけ。

今まで関わったプロジェクトのデータやメールを整理して、自分のオフィスを片付
けた。半年という短期間に、本当にいろんな仕事をさせてもらったなあとしみじみ
思った。UNIXを使ったメールサーバーの管理から、車関連の資料の技術翻訳。
会社のホームページも日英両方のページを作って完成させた。「IT業界サバイ
バル合宿」という日本の新人研修を企画し、本当に実施してしまったのも、今思
えばスゴイことだ。たくさんの日本企業の社長が来日し、私はアテンドしたり、ミ
ーティングに参加した。シリコンバレーで、様々な興味深いテクノロジーを学んだ
ことは、何にも変えられない貴重な経験だ。
感傷にひたっているとお昼になり、サンフランシスコ空港に弟を迎え
に行かなきゃいけなかった。弟は、私の引越しを手伝うために、日本
から送り込まれた?のだ。ドキドキしながら、挙動不審に入国する弟
は、一人での海外旅行は初めて。「さあ、これから一週間をかけて、
弟に、私がアメリカでいかにすばらしい経験をしたかを、じっくり語ら
なくては」と思った。

私は弟をアパートに置き去りにすると、また会社に戻った。オフィス
にいるだけで、涙がこみあげてきた。みんなとおしゃべりをしているう
ちに、すぐに夕方になってみんなに送られて会社をあとにした。ダン
ボールを抱えて、階段を下りながら私が思ったこと。"一期一会"。こ
この人たちとの出会いが、私の人生を運命付ける。

たまり場だった給湯室


青空の中、毎日働いたカリフォルニア!


2004/08/24 TUESDAY 〜弟マークンが見たいサンフランシスコ〜

昨日から引越しの手伝いに来た弟のマークンは、夏休み中の大学生だ。就職活動中
らしいが、気分転換も兼ねて、私の要求に応えて、ここに送り込まれてきた。引越しの
パッキングは半分くらいは終わったけど、アパートのお部屋にはまだまだモノが溢れ
てる!さっそく、彼は重い荷物を運んだり、ベッドをバラしたり、大活躍だ。

とはいっても、少しは観光もさせてあげなきゃ、と思い今日はBerkeleyに住むいとこの
Carolを誘って街に出た。まず地元のStacksでブレックファーストを食べた。私はすっか
り、食事はガッツリ大盛りじゃないと満足しないようになってしまったが、マークンはそ
の量にヒキぎみ。だけど育ち盛りの男の子なので、喜んで食べていた。

@Ball Park=>

Carolと
サンフランシスコに着くと、マークンの唯一の要望、Nike Townに行き3人で
ショッピング。ここさえ行っておけば文句ナシなのだ。そのあと、ユニオンスク
エアでボーっとして、私も初めてコイトタワーに登った。高いところからみるサ
ンフランシスコの街は、ビクトリア調の家々が並びとてもユニークだ。最後の
ゲスト、マークンのアテンドは私にとっても、いい思い出になりそう。

そして、もちろんグネグネのLombard Streetにも行った。私は何回、この道
に来たんだろう。アジサイの頃にも来たし、何にも咲いてないつまんない時
にも来た。
この半年で、私の家にはたくさんのお友達が日本から来てくれた
けど、マークンは少年だから、見たい、行きたいポイントが新鮮
だ。サンフランシスコジャイアンツのBall Parkが見たいといい、見
に行くと、IT企業、シスコシステムのファミリーパーティをやってい
た。従業員やその家族が野球場貸切でパーティをするのだ。少し
覗くと、仮装している人がたくさんいて、私たちも雰囲気を楽めた。

また、SF MOMAという美術館に行きたいというので、ついていくと
予想以上におもしろくてビックリした。今はポップアートをやってい
るのだが、どの作品も斬新で私たちは3時間くらいそこにクギヅケ
だったのだ。まだまだ私が行っていないおもしろい所があったなん
て!

コイトタワーから見える街並み

StacksのBreakfast

Union Square

Lombard Street



私のお城
2004/08/25 WEDNESDAY 〜Berkeleyを目指して〜

お昼間は、引越しで大忙しだった。といっても、パッキングではなく
ショッピングで大忙し。アメリカから日本に持ち帰りしたい品々が、
たくさんあったのだ。しかもそれらは、いろんなショップに点在して
いる。呆れる弟マークンを連れ、車で地元を走り回った。オーガニ
ックスーパーTrader Joe'sやHillsdale Shopping Center、Rossに
まで行く必要がある!私は使命感に燃え、いろんな食品やリネン
類を買いまくった。弟が海外で、Nike以外を買ったのを見たことが
なかったが、Rossのあやしい雰囲気にのまれたのか、楽しんでい
る模様。私は特にOPIというネイルを輸入業者バリに大量購入。1
本$7だが、日本では1800円もするのだ。私たちは地元ショッピン
グを満喫してアパートへ帰った。
そこで、私たちは昨日Carolにお土産を渡すのを忘れたことに気づい
た。両親から預かったお菓子「ひよこ」だ。そこで、夕方Golden Gate 
Bridgeに行った後、夜BerkeleyのCarol宅にお土産を渡しにいこうとい
うことになった。Carolには連絡がつかなかったけど、夜にはいるでし
ょうと勝手に予想し、私たちはアパートを出た。

Golden Gate Bridgeで私は初めて雨を経験した。寒さもハンパじゃな
く、Vista Pointに車を停めて見たけど、橋は赤い部分も何も見えずた
だの高速っぽかった。マークンも「これ東名高速?」と不審がる始末。
仕方がないので、日差しを求めて対岸のSausalitoへ。アイスクリー
ムを車の中で食べると盛り上がってきてとても楽しかった。

アパートのお庭でくつろぐ

東名高速?!
さあ、Berkeleyに出発!その頃には22時を過ぎていたけど、私は車を飛ば
し、さらに対岸へ。迷いながら、Carol宅に着くと、なんと不在。おみやげは、
車の上に置くことに。昨日支払うのを忘れた$20という中途半端なお金も一
緒に置いて帰った。

次の日、Carolから留守電が入っていて私たちはほほえましい気持ちになっ
た。「Thank you for Omiyage. I recognized it was Chiyodori.」。

・・・Carolさん、チヨドリって、何ですか?


Carol宅(本人不在)

Carol曰くチヨドリこと、「ひよこ」


2004/08/26 THURSDAY 〜友達は宝物〜

明日からLAのおばあちゃん宅にステイするので、サンフランシスコは今
日が最後だ。すし職人のNoriさんから電話があって、PC関係でヘルプ要
請が。「インターネットをワイヤレス環境にしたいがうまくいかない」とのこ
と。マークンと2人で、Noriさんの住むNorth Park Apartment
(3/9記念すべき最初の日記に登場)へ出向く。

・・・インターネットトラブルを解決できませんでした。ヘコむSE、けいな。お
詫びってわけじゃないけど、今までお世話になったお礼に昨日Crate & 
Barrelでマークンと選んだ和風の食器をNoriさんにプレゼントした。
そしてNoriさんはやさしいのでマークンのために一緒にGolden Gate Bridge
へ。昨日、東名高速とまで言われたので、リベンジしてSFの意地を見せなき
ゃ!私にとっても本当に最後のGolden Gate Bridge。

そして今日は、・・・・

息を飲む美しさだった。あまりにキレイでカナシバリにかかったみたいに動け
なかった。最高の思い出となった。
そして夜、Kanako&Joeと合流した。Folsomx3rdにある2人の
アパートメントを訪れ、私はKanakoちゃんにプレゼントとカードを渡し
た。大好きなDooney & Bourkeの小さなポーチだ。すると、
なんとKanakoちゃんも私にプレゼントとカードを用意してくれてたから
ビックリ。なんと、私たちが初めて3人で行った映画、
"13 going on 30"のDVDだった。うれしくて涙が出た。

街に出て、送別パーティがスタート。気の知れた仲間と、学生みたい
に遊んだ半年間。怒ったり怒られたり、ホンキで話し合ったり、友情に
泣いたり笑ったりした。友達は多くなくていい。大切な一生の友達が
数人いれば、最高にハッピーだ。


2004/08/27 FRIDAY 〜Makiおばあちゃんの美容整形〜

昨日、引越しの荷物を航空便で配達に出した。合計で巨大なダンボール4個、500ドルくらいかかった。ダイニング
セット、クイーンサイズのベッド、照明器具などの家具は一式を買ってくれる人がいて、明日取りにきてくれることに
なった。1ヶ月前くらいから、「世界のご近所さん」という便利なサイトのクラシファイドに出しておいたのだ。ということ
で、部屋にはもう寝る所がないので、私たち兄弟はLAのおばあちゃん宅へ非難。朝から車でOakland Airportへ向
かった。予想外に予約していた飛行機に乗り遅れるというハプニングはあったが、何とか次の便に乗せてもらった。
低姿勢で頼み込むと、アメリカでは結構融通を利かせてもらえるのだ。

1時間のフライトを終え、LAに到着。8月のLAは、カラっとした猛暑。空が限りなく青い。いとこのCherylが迎えにき
てくれたので、「Makiおばあちゃんはどこなの?」と聞くと、「She is in hospital」という答えが。私は驚き、「Is she 
OK?」と心配して聞くと、Cherylはこう答えたのだ。「No no no. It's just cosmetic surgery.」(大丈夫、大丈夫。た
だの美容整形だから。)

Oh my god. Makiおばあちゃんは82歳である。何回訪れても、食らうLAショック!Cherylと一緒に病院へ迎えに行
くと、元気そうなMaki-sanが。しわを伸ばし、まぶたのたるみを除去した顔を私たちに見せてくれた。「See. Isn't it 
pretty?」と自慢気にMaki-sanの顔を見せるCheryl。思わず私たち兄弟も、「It's so beautiful」と絶賛。Beautyに年
齢は全く関係ない。私もこんなおばあちゃんになることを誓った一日だった。

整形手術後とは思えない元気な82歳


2004/08/28 SATURDAY 〜サンタモニカとNike Town再び〜

Maki-sanとCheryl、弟のマークン、そして私でSanta Monicaへ行き、Beach
を眺める私たち。海は、ジモティや観光客で大賑わい。LAはサンフランシス
コに比べてメジャーだなあと改めて思った。よりファッショナブルだし、よりメ
ディアによる影響が大きいような気がする。

LAは、いるだけでアメリカンドリームが実現しそうな街だと思った。
すると、そんなアメリカンドリームを実現した女Helenがご登場。有名なレスト
ラン”The Lobster” で会うことにしていたのだ。Helenはこの日記にもたび
たび登場した私の大の仲良しのアメリカ人。まったくの白人だけど、アジア
にかなり理解がある。(白人の中には、日本はもちろんアジアのこともまった
く知らない人がいまだに大勢いるのだ。)みんなで、一人$60くらいの高級ロ
ブスターランチに舌鼓。その間中、Helenの携帯には仕事の電話がかかって
いた。ついにキレて、言い放つHelen。「私は今、大事な人と会ってるの。そ
んな用件なら、今話す価値はないわ。」ドラマSex and the Cityをジでいって
いる・・・。
満腹になったところでHelenとは別れ、またもやNike Townへ。今度はビバリ
ーヒルズ店。もちろんマークンの要望。男の子はなんでNikeをそんなに欲し
がるの?ジム用に2個あれば充分なのに。私は「あー、ここで2時間も待って
られない・・・」と悪態をつきながら、店内をブラついてた。すると意外に退屈
しなかった。Nikeでは、店頭の機械で自分用の靴をオーダーでき、オリジナ
ルのロゴを作れるらしい。また、あるタイプのシューズは、外側が取り換え可
能になっている。異なるデザインのカバーを購入すれば、その日の気分でま
ったく違うシューズを履いているような感覚が楽しめる。・・・うーん、Nikeの
戦略って、ルイヴィトン並。何の興味もなかった私でさえ、欲しくなる商品が
満載だった。
がんばって英語で店員に話しかける弟マークン。少年達の服装はホント似
ていて、雰囲気もソックリ。そこまでNikeが好きなコたちなのだから、もし知り
合ったらきっと仲良くなるんだろうなぁと思った。


2004/08/29 SUNDAY 〜アメリカが教えてくれたこと〜
 
私たちは、早朝からCamarillo Premium Outletへ行った。帰国するとしばら
く来れないって考えるだけで泣けてくる。だけど・・・引越しのパッキングの大
変さに懲りた私は、買い物を我慢。今回は弟の買い物アシストに徹底して
Nike(またかよ)やAdidasを見て回った。 でも、マークンにアシストなんて必
要なかった。彼は、アメリカ人の親戚に囲まれ、英語の必要性を体感したみ
たい。どうやったら英語が上達するか自分でちゃんと分かったみたいだっ
た。その証拠に、一人で果敢に店員に質問し、自分の要求をはっきりと言
う。
当たり前のことだけど、英語を勉強する日本人にとっては第一歩の勇気だ。
しばらくしてマークンに会うと、「英語で話しかけて、このシャツのSサイズを
出してもらった」とうれしそうに言っていた。それを聞いて、私がアメリカに来
て働いた勇気もそんなもんだったと思った。英語をもっと使ってみよう、ちょっ
と人と違うことをやってみよう、その程度の勇気がこの「アメリカで働く経験」
を実現したんだと思った。

Dinnerは、観光スポットユニバーサルシティウォーク内で、Makiおばあちゃん
の仲良しの老夫婦Fred & Mooとご一緒した。この人たちには食事を家で作
るという習慣がなく、毎日外食している。
FredとMooと知り合ったのは、私が初めてアメリカに来た20歳の頃。私が今
27歳だと言うと彼らは心底驚いていた。Mooは”貴婦人”という感じの80歳
のおばあちゃん。ネイルサロンに通い、毎週ビューディサロンで髪をセットし
てもらっている。昔私が驚いて聞くと、Mooは「私はもう年寄りだから、自分
で髪をセットできないの。私のヘアスタイルはビューティショップの誰々しか
作れないのよ」と言った。

思えば私が出会った全てのアメリカ人が、アメリカを代表しているような人た
ちだった。
美容整形を楽しむ82歳のMakiおばあちゃんをはじめ、寝ないで働きマリブの
豪邸に一人で住むHelen、「健康のためなら死ねる」と豪語するヘルスコンシ
ャスなKanakoちゃん、30歳でBMWのM3に乗る彼氏のJoe、フロッピーディス
ク1枚でフランスから渡米したDavid、2回離婚しそれぞれのダンナの子供を
引き取って優雅に暮らしているいとこの不動産女王Laurie。

みんなみんな誰にもマネできないオリジナルな人生を歩んでいると思った。
アメリカが教えてくれたこと。それは、人生は楽しむためにあり、チャレンジし
続けるからおもしろいってことだ。


2004/08/30 MONDAY 〜そして、日本へ・・・Life goes on〜

日本へ帰る飛行機の中で、この日記を書いている。これが、「シリコンバレ
ー日記」の最終回だ。私は、LAから一度サンフランシスコのアパートに戻
った後、空港へと向かった。家具が何もないガランとした”私のお城”を見
て考えていたこと。それは、「強く望めば、夢は実現するんだ」ということ。

大学生の頃、私はぼんやりと、”いつかアメリカで働いてみたいな”と思っ
ていた。それは海外に興味のある誰もが思うことで、その頃の私にはただ
の遠い夢に過ぎなかった。それからたった4年後の自分が、まさかそれを
叶えるとは・・・!人生ってホントおもしろい!!
アメリカでの半年間のインターン生活を終え、帰国翌日から(!)、私は日
本で働いていた会社に復帰する。またシステムエンジニアに戻るのだ。ア
メリカで学んだことは計り知れない。私が小説家だったら一冊の本にしたい
くらいだ。精神面で言うと、「お金を稼ぎ豊かになる」ことがいかに重要か分
かったし、同時に「お金で買えない大切なもの」が何だか分かった。仕事面
で言うと、英語でのビジネスミーティングにも随分慣れたし、技術翻訳のノ
ウハウも少し身に付いたと思う。
留学やインターンなんて、度胸と根性があれば誰だって出来るものだ。アメ
リカで多少のことがあっても縮こまらない度胸と、資金を貯め、勉強を続け
る根性。重要なのはやっぱり行ってからの経験だ。インターンをやる場合に
英語力が重要というのは、それ次第で経験できる幅が広がるから。私は
決して英語がペラペラだったわけじゃないけど、やりたいことをやりたいと
声を大にして言い、どんなに小さなチャンスでもひとつも取りこぼさなかっ
た。そうしてキャリアアップニューヨークの伊藤様をはじめ、たくさんの方々
の協力を得て、すばらしい経験ができたんだと思う。
去年の8月、インターン先の社長が来日した時、私は初めて面接を受け
た。ホントにショボい小さな喫茶店で、2時間くらい話した。社長は会社の
夢を語り、私は自分の夢を熱く語った。そう。この物語はここから始まった
のだ。喫茶店を出た後、私ははっきり「働かせてください」と頭を下げた。そ
の瞬間から私の人生が大きく揺らぎ始めたのだ。1年後の今、「人生の夏
休み」を思いっきり楽しみ、働き、学んだ自分がここにいる。私はもう昔の
自分みたいに「自分が何をやっているのかさっぱり分かんない」なんて弱
音ははかない。少しの自信と強靭な精神を身に付けて私はアメリカの出国
ゲートに向かった。前を向いて、背筋を伸ばし、決して振り返らなかった。

思い出は色褪せない

前を向いて・・・
支えてくれた家族や彼氏、友達、インターン先の方々、アメリカ人の親戚た
ち、休職扱いにしてくださった会社の方々、Kanako & Joe, すし職人のNori
さん、デートに付き合ってくれたアメリカ人の男の子たち。

Thank you so much!!  

Love, けいな  
(JALビジネスクラスの極楽シートにて)



Sep. 1, 2004
Dear ケイナさん

シリコンバレー日記、半年間本当にお疲れ様でした。たくさんの出会いと笑顔の中に、涙ありハプニングありのけい
なさんの日記、いつもHP上にアップデートするのがとても楽しみでした。日記にご登場いただいた皆様のキャラクタ
ーが生き生きと表現されていて、思わずふきだしてしまう場面も数知れず・・・アメリカ企業でのインターンシップで
学んだことはもとより、アメリカ人社会の中に自らどっぷり溶け込んでいく中で見て聞いて体感して学んだことは、計
り知れないと思います。その中で培った経験と友情は、これからのけいなさんの活躍をしっかりと支えてくれるに違
いありませんね。

それにしても、この半年間、いろいろなことにチャレンジしましたね。こんなにバイタリティ溢れる勇気と行動力と勉
強意欲には、脱帽です!日記を読みながら、"不健康でFattyな食事が大好きな食生活は少し改めなければ"・・・
と反省しつつ、でもやっぱり、野菜を野菜で巻いた食事は、ちょっと・・・と思いながら目の前に並ぶ食事は相変わら
ず、肉に肉重ねて油をかけたようなものばかりで、そう簡単に食生活を改善することはできそうにありません。(笑)
ヨギーに感化されて日本でヨガのレッスンを受けに行ったら、生徒と先生の平均年齢が明らかに60歳を超えてい
て、しかも先生がど紫のレオタードにドギツイ黄色いスパッツという"いでたち"にショックを受けたり・・・見るからに
ジュージーな”プライムリブ”を見て、翌日の夕食はステーキだったりと、気がつくと実はけいなさんの日記に多大な
る影響を受けていたんですね。。改めて日記を読みかえしながら、さっき気がつきました。私は、海外生活といえば
その殆んどをニューヨークで過ごしておりますが、今回すっかりけいなさんの日記に感化され、近々是非サンフラン
シスコで少し生活をしてみたい、と思う今日この頃です。ラップトップPCさえあれば、どこでも仕事ができますし!

アテネオリンピック水泳の2種目で金メダルを取った北島康介さんが、『どうして金メダルを取れたのですか?』とい
う問いに対して、『勘違いな自信』 と言っていました。『試合に負けても、何があってもどんなときでも、常に自分が
絶対金メダルを取るんだ。』いう勘違いなほどの自信と信念が重要なのだと。もちろん、その自信を裏付ける為の想
像を絶する厳しいトレーニングの積み重ねがあっての発言ではありますが、それでも、『夢は叶う』という信念を持っ
て生きること、その夢を熱く語り続けることでだれかが耳を傾けてくれるということ、そしてそれがきっかけで開ける
道があるということ。それを実証してくれる『シリコンバレー日記』であったと思います。

けいなさん、東京に来る際は是非ご一報くださいね。また、お会いいたしましょう!


Best Regards,

H. Ito
American Career Exchange Inc.



『シリコンバレー日記』についてのご感想は、こちらにお願い致します。





2004/03/09 〜 2004/05/07 の日記 PART 1 へ戻る

2004/05/13 〜 2004/07/25 の日記 PART 2 へ戻る