■ニューヨーク日記 PART 3■

  ◆2004年1月1日〜3月31日


【2004年1月1日(木)】 

Happy New Year Everybody!

という訳で始まりました2004年最初のニューヨーク日記。私はカウントダウンを友人が働くバーで迎えました。(MANDOO BAR, 71 university place)12月31日の夕方までTIMES SQUARE に行くか行かないか迷っていたのですが、混雑した場所が嫌いな私は諦める事にしました。別に恒例の行事に参加しなくともニューヨークの年明けはどこへ行っても楽しむ事が出来ます。時計が0時前になると皆興奮し出し、カウントダウンを始めます。そしてその瞬間を迎えると「Happy New Year!!」という声が響き渡り、天井から風船が!隣の席の人からキス!バーテンダーからは無料のシャンパンが振舞われました!何て日本とは違った祝い方なのだろう!カルチャーショックと共に大興奮で年明けを迎えました。その時酔っていたのもありますが、日本へ国際電話を掛けた際に思いっきり親に英語で話しかけていた様な気がしました。ただ、なぜか分かりませんが、正月という実感が全くありません・・・それもそうですね、こちらでは新年は神聖な行事というよりも大きなパーティーみたいなモノですから!とりあえず新年を無事何事もなく迎えられてとても良かったと思います。皆様これからも宜しくお願い致します♪


【2004年1月2日(金)】 

元旦にニューヨークの父親的存在であるAnson(学校の先生)からパーティーの誘いがありました。楽しみにして今日夜6時にCBGB(315 Bowery St)と呼ばれるロックコンサート会場で有名なバーに友人達と集まりました。店内にはこのバーの歴史的背景が映し出されたロックにまつわる写真が沢山飾られており、なかなか興味深いものでした。

その後バーを後にし、Ansonのアパートに向かいました。彼は先生であり、また芸術家でもある為、部屋の中は素晴らしい独創的な作品で溢れていました。私が想像していた部屋よりも素晴らしくて、とても感激し影響を受けました。

元々彼は有名な芸術家集団に属していたらしく、仕事で訪れたジョン=レノン、スティングと言った有名人の部屋から貰ってきた家具やら何だか分からない物も沢山所有していました。
その後彼は15人近く遊びに来ていた人の為にパスタを振舞ってくれたり、屋上に案内してくれたりと、常に人気者でした。実際に20年以上もニューヨークに住む芸術家と知り合う事が出来たのは本当に幸運で、街の移り変わりを見てきた彼の話を聞く事は、とても興味深いものがありました。彼は生徒達に生のニューヨークライフを楽しんでもらおうと日々努力しています。そんな姿に憧れ、彼のクラスを離れた今でも父親の様に尊敬し、仲良くさせてもらっています。



【2004年1月4日(日)】 

正月気分もようやく抜けて明日から学校が始まりますが、その前に私のルームメイトについて少し触れたいと思います。昔私が住んでいた寮で知り合った日本人のKousuke 21歳、現在ニューヨークの大学でマネージメントを勉強しています。偶然会ったとは言え、なかなか気の合う日本人も居ないので、ラッキーだったと思っています。英語を学ぶ事を目標にして渡米した私ですが、一緒に住むにあたり彼が腹を割って何でも話せる友人であった為、悩みましたが決断に至りました。歳は違いますが、シッカリした考え方を持ち、バスケット馬鹿な体育会系で礼儀正しい奴です。異国の地でルームメイトと共同生活を長く保つ事は非常に難しい事です。いくら仲が良くても上手くいかない事はざらにあります。ただ、腹を割って言いたい事を言える仲であれば、長く続くはずだと思います。そんな彼と唯一合わない点は、日本文化に強く依存している事ですが、私は自分の道を進んで生きたいと思います。さぁ、明日に向けて勉強、勉強!


【2004年1月6日(火)】 

留学をする理由は人によって様々である。英語を学びに来る人、自分なりの目標を持って来る人、何も考えずただ来る人、新しい何かを探しに来る人・・・。理由は何でも良いが、一度で良いから本当に自分のやりたい事を思う存分やり通せれば、きっと後悔しない素晴らしい留学になると思う。なぜこんな事を書いているかというと、私のニューヨーク滞在期間の半分が既に過ぎたからだ。振り返れば色んな事に挑戦してきた方だと思う。でも最近感じるのは、(本当に打ち込めるモノって何だろう?)と。誰もがぶち当たる壁だと思うが、気付かない人もいる。私は毎晩新しい自分の可能性を考えてから寝る。帰国したらまた就職活動をしなくてはならない事も踏まえてだ。
ニューヨーク日記の文頭に私の履歴が書かれているが、最近頭の中では新しい職に挑戦しようと考えている。一度しかない自分の人生だから、今やりたい事を達成させたい。だから、英語の勉強も苦痛無しで出来る。それが、自分の夢に繋がるのなら。言いたい事は、その人なりに何か熱中できる事があれば、必ず挑戦意欲が自然と沸いて来るものだと。ふと思い付いたので日記に書いてみた。


【2004年1月8日(木)】 

最近読んだ本の中でなかなか興味深い物があったので紹介しようと思う。その名は「おい、ブッシュ、世界を返せ!」この本を読むキッカケになったマイケル・ムーアの第三作「アホでマヌケなアメリカ白人」では、非常に個性が強く斬新な正義感が現れていて気に入った為、今回の購入に至った。筆者の頭がオカシイ発想に多くのファンが魅了され、米大統領出馬を要請する署名運動が行われたほど影響力があった。内容は主にアメリカの政治、特にブッシュ大統領に話が集中しており、こんな事を書いても許されるのか?と思ってしまう程過激に筆者の正直な意見が綴られている。その中で考えさせられた文章が「〜アルカイダは9・11の攻撃で約三千人を殺しました。これはテロです。でも、アメリカがイラクに爆弾を落として六千人以上の民間人を殺した時は、予想外の結果に遺憾の意を表明する。〜」確かに9・11のテロは今でも人々の心に深く刻まれているが、イラク戦争終結により誰もがイラクの尊い犠牲者の事は忘れかけていると思う。そんな彼の意見は斬新でいて的を射た発言だと感じた。どんな人種であろうと人数であろうとも人間の命は尊いのだと考えさせられた。


【2004年1月9日(金)】 

今日はルームメイトの妹と友達がアルバニーから遊びに来た。同じニューヨーク州でも田舎と都会の雲泥の差に、正直三人は驚いていた様子。地下鉄マップと地球の歩き方を見て明日行く場所を検討中の三人を見ていると、どこか昔の自分を思い出しチョッカイを出したくなった。私の経験談や写真、面白スポットを教え、その後夜景が見たいと言うので家の近所のとっておきの場所に連れて行った。すると息を飲むマンハッタンの夜景に三人は大はしゃぎで写真を撮りまくっていた。
気温マイナス14度、肌が出ている部分は感覚がなくなる程の寒さの中、夜のBedfordを案内した。私は彼らに普通の観光旅行では味わえない地元の人間しか知らないようなニューヨークを満喫してもらいたいと思った。お金の掛からない学生らしいニューヨークの楽しみ方って何だろう?そんな時約半年自分の足で稼いだ私の情報が、少しだけ役にたった事に対して嬉しく思った。



【2004年1月10日(土)】 

本格的に寒くなってきたニューヨーク。映画を観る約束をしていたのだが、厳しい寒さの為延期となる。部屋に居てもつまらないのでカメラを持って散歩に出た。道路の水溜りも凍り、道行く人は皆帽子に手袋と完全防備だ。暖かいセーターを探しにお気に入りの古着屋Beacon's Closet(88 North, 11th ST)に立ち寄るが、気に入った物が見つからなくて断念。その後イーストリバー沿いからマンハッタンの写真を撮りたくなり暫く歩いたが、金網が張り巡らされてあった為岸まで入る事が出来なかった。熱いコーヒーが飲みたくなった頃一軒のカフェを発見。外には「FREE WIRELESS INTERNET」の張り紙が!ラップトップを取りに急いで家まで引き返す・・・自宅では未だにネット接続が出来ないからだ。手作りの香りがする店内は、それぞれ自分のパソコンを持ってお茶をしに来たご近所さんで賑わっていた。珈琲各種一杯$3〜で落ち着いた雰囲気の中インターネットを思う存分楽しむ事が出来る。お金を掛けず散歩がてらに写真を撮りフラっと見つけた店で休憩すると、もう既に日が暮れていた。



【2004年1月15日(木)】 

ここのところ毎日氷点下を超える寒さの為、家で過ごす事が多くなった。学校へ行き皆と会い、何か楽しい事を探し
ていると課外授業の食事会が今夜家の近くで行われる事が分かった。タイレストランSEA(114 N6th ST)は、かな
り地元でも有名な超人気店で、わざわざマンハッタンから訪れる人も多いDJも居るお洒落なレストランである。早く
て!安くて!美味しい!とまさに三拍子揃ったお店で、食後には冷たいアイスクリームに火を点けて食べる何とも
不思議なデザートまであった。家から2ブロックという場所なので食後に気の合う友人を招待し、家で簡単なパーテ
ィーをした。近所に住む先生Melissaも呼んで、やっと完成しつつあるリビングで遅くまで飲んだ。先生と酒を飲み、
友達の様に語り、一緒に酔っ払う・・・日本で経験した事のない、何とも言えない面白可笑しな感じがした。帰り際に
は「Ciao!!Yuki」と叫ばれながらハグを交わした。レナートの先生はとても社交性が豊かで友人の様に付き合える。
語学学校だからなのかも知れないが、生徒にとっては英語を話す勉強にもなるし嬉しい限りである。Melissa


【2004年1月16日(金)】

クラスメイトと一緒に @ Rennert Bilingual



【2004年1月17日(土)】 

週末を利用して親友のPSファミリー(韓国人と日本人女
の子2人が同居している為)とWashington D.Cまで旅行
する事になった。今回は初めてレンタカーを借りる計画を
立てていたので緊張していた。朝8時に学校の側で待ち
合わせをし、レンタカーオフィスで一番安い車両を選んだ
のだが、とても綺麗で大きかった。(AVIS 1日$80〜※
25歳未満の方は料金が高いので要注意!)インターネ
ットで行き方を調べてきたのは良かったが、いざ走り出
すと一方通行などが多くてなかなかマンハッタンから出
られない。しかも高速に乗れば看板が多くてよく分から
ない。助手席や後ろからは「違う!」「そこ右」「左だよ」
などと言われ、頭がかなり混乱した。
5時間程でWashington D.Cになんとか到着し、@U.S Capitol、Botanic Garden、AFBI Building、National Archives、Lincoln Memorial、BWashington Monument、CWhite House、Jefferson Memorialの順で見て回った。ニューヨークとは全く違いアメリカの首都らしい美しい街並みであった。街中には所々に銅像が立ち、緑と公園のバランスが見事に調和していた。@とBに関しては圧倒的な存在感を感じ、首都のシンボルだとつくづく思った。個人的に期待していたAとCであるが、両方とも建物自体は普通で映画で観る様な特別な印象は感じ取れなかったのでとてもガッカリした。アメリカ人の大嫌いなブッシュ大統領がすぐそこに住んでいるのかと思うと、何だか変な感じがした。


@U.S Capitol

AFBI Building

BWashington Monument

CWhite House
そして「旅行に来たら美味しい食事!」といつも決めてい
たのだが、D.Cには特別な料理はなかったので、普通に
チャイニーズを食べた。夜の遊び場も決まった時間に全
て閉店するらしく、どこにも出掛けずに部屋でのんびり過
ごした。(Holiday Inn Central 1泊2ベッド$68)

翌朝からは全世界で一番観光客が入ると呼ばれる?
Air & Space Museum(無料)を訪れた。Wright兄弟の発
明した人類初飛行の歴史に興味を持っていた私は、とて
も嬉しくて興味津々であった。

その後Eastern Marketと呼ばれる、ちょっとしたフリーマ
ーケットの様な場所を散策し家路に着いた。
4人で旅行に出ればお金も掛からず安く済むと共に、ニ
ューヨークからは文化の違う都市に意外と簡単に行く事
が出来るので楽しい。充実した良い休日になったが、マ
ンハッタンの夜景を遠くから発見した時、「やっぱりNYが
一番好きだ!」と心から感じた。育つ場所が違うだけで
性格も変わると言うが、留学先も同じだと思う。ニューヨ
ークはいつも刺激に満ち溢れている。今まで
Philadelphia、Boston、Washingtonと近場を旅してきた
が、NewYorkには気難しい規則が無く、自由に生きられ
て、やる気次第で何でも出来る何かが感じられる大雑把
な街だと思う。

Manhattanと呼ばれる地図上では小さな小さな島は、世
界中の素晴らしい文化が集合して成り立っている。

Air & Space Museum


【2004年1月23日(金)】 

今年になってから同じクラスにブラジル人の若いクラスメ
イトが3人入った。今までに会った事のない人種の友人
が出来たので嬉しくて自宅のパーティーに招いた。クラス
メイトの他にニューヨークで出会った古い友人も誘い、総
勢15人で騒いだ。以前隣人からかなりの苦情を言われ
た事があるので、その辺は気を使った。今回の主役であ
るブラジル人3人であるが、それぞれ16歳、19歳、20
歳と皆若いが、酒は強い・・・。
台湾人17歳のゲーリーは私にとって弟の様な存在だ
が、彼らは随分と大人っぽく見える。文化の違いからだと
思うが、アジア人は子供っぽく見られる傾向があるよう
だ。
後から私の先生であり、友達であり、ご近所さんのMelissaと彼氏も遊びに来た。今回のパーティーもバラバラの文化を持った国の友人が集まり、とても有意義な時間を過ごせた。(アメリカ、ブラジル、プエルトリコ、ドイツ、韓国、台湾、日本)ただ問題が1つ、私は同じ学校に半年以上居る為友達が多い。皆パーティーに呼びたくても家具を買って部屋が狭くなった為と隣人の迷惑を考えると誰を呼ぶか考えなくてはならない。私を困らせる幸せな悩みでした♪


【2004年1月25日(日)】 

ふとニューヨークから日本へ帰りたくなった。なぜかと言うとある一冊の本がキッカケとなったからだ。「バカの壁」養老 毅著に書いてあった文章に「・・・癌になって、あと半年の命だよと言われる事がある。そうしたらあそこに咲いている桜が違って見えるだろう・・・」とあった。私は留学もこれと似たモノだと直感的に感じた。終わりのある短い期間を海外で過ごすという事は、来たその日から貴重な時間が進んでいる事を意味している。私が初めてニューヨークで寿司を食べた時を思い出した。嬉しくて写真を撮った、普通のコンビニ寿司と何ら変わらない物なのにとても美味しく感じた。そういった感情が最近湧かなくなった。英語が通じなくて困る事もあまり無く、欲しい物が売っている場所も大体知っている。行動的な私にとって何も感じられない事ほど悲しい事は無い・・・しかし、少し感傷的になったからと言って日本には帰国はしない。考え方を変えてみた。

だったら知らない場所へどんどん行ってやろう!と。という訳で決まりました"週末Florida旅行"!?



【2004年1月27日(火)】 

「写真を撮る」という私の趣味に最近少し手が加わり、撮った後加工をするようになりました。カメラを持ってどこかに行くのが日課となっていますが、本当に撮りたいと思った時にはやっぱり良い写真が撮れるもので、加工すると自分で飾りたくなる様な作品に変身します。思いついたキッカケは、私の尊敬する先生であるAnson宅へお邪魔した時でした。彼の芸術作品のあまりの素晴らしさに感動してしまい、自分でもやってみたくなったからです。この写真は自宅から歩いて行ける距離の場所ですが、とってもBrooklynらしいと思いませんか?汚くて、危険そうで、でも何となく格好良い・・・そんな雰囲気から直感的にシャッターを押していました。
帰ってからパソコンをいじって加工しましたが、自分では満足出来る作品?に仕上がったと思っています。帰国したら何枚か引き伸ばして部屋に飾りたいと思っています。芸術って本当に奥が深くて何が良いのか悪いのかなんて誰も判断出来ない面白いモノだなぁと、ふと感じました。免許や特別な技術が無くったって自分の感性のまま写真でも何でも作ってしまえば、それが芸術になってしまう。この地で自然と学んだ事の一つでした。



【2004年1月29日(木)】
 
以前から見つけたら写真を撮るようにして集めてきたモノがある。Graffiti Artsと呼ばれる壁に書かれた落書きの事で、ニューヨークの至る所に存在している。特にEast Villageなど昔からArtistが多く住む地域で綺麗な作品を沢山見つける事が出来る。比較的に治安の安定していない場所には必ずと言って良いほど落書きがしてあるのだが、街の雰囲気と合ってそれが芸術に見えてしまうから面白い。日本ではすぐにペンキで消されてしまう落書きだが、ニューヨークではいつまでも消されずに街と共に時間を刻んでいく。私はいかにもArtistが描いたと思われる作品よりも、Brooklynでよく見られるような素人が書いた作品の方が何となく味があるというか、生活感が出ていて好きだ。ただ、これだけ多くの作品を街で見る事が出来るのに未だに一度も描いている光景を目にしたことがないのが残念でしかたがない。



【2004年1月30日(金)〜2月2日(月)】
 
ニューヨークの寒さから逃げるように週末を利用してFloridaへ飛んだ。La 
Guardia空港から飛行機に乗り2時間半程で常夏の気候に変わる予定だっ
た・・・。サンサンと輝く熱い太陽の日差しを期待していた私は、予想と反し
て身震いしながら外に出た。

今回の旅行もまたPSファミリーと一緒だったのだが、PSがもうすぐ韓国へ帰
国してしまう為、最後のお別れ旅行となった。
まず初めに憧れのUNIVERSAL STUDIOSに行ったのは良いが、なぜか絶叫マシンが中心で映
画のセットなどは存在していない様子。($56)ここ何年もジェットコースターなどに縁の無かっ
た私は、乗っては叫び、降りては目が回り、気分が悪くなった。それでもJURASSIC PARKや
SPIDER MANに関する比較的絶叫度の低い乗り物を楽しめたので満足した。

後になって気が付いた事に、私達が居た場所はSTUDIOSの方ではなくISLANDS OF 
ADVENTUREと呼ばれるもう一つの若者向け遊園地であった。

せっかく来たからと追加料金($20)を払い本家にも立ち寄ると、そこには
想像していた映画の舞台が街中に広がっていた。どちらかと言うと大人向
けで、映画の撮影現場を覘いている様な感覚で楽しめる。特殊効果や音響
が素晴らしくTerminator 2に関しては出演俳優本人が居るような錯覚に陥
ったほどであった。日本と明らかに違う点は、映画に対する金の掛け方と火
気や音響などの特殊効果をふんだんに使っているところで、圧倒的な迫力
があり客を飽きさせない。充分に満喫した後には食後にホテルの無料プー
ルで寒中スイミング?!ジャグジー付の屋外温水プールで真夜中まで泳い
でいられる。(HOLIDAY INN)

翌日はPSの小さい頃の夢であった
WALT DISNEY WORLDに朝早くから行
った。

4つに分かれていて@MAGIC 
KINGDOM AEPCOT BMGM 
STUDIOS CANIMAL KINGDOM PARK
とあり、それぞれアトラクションの種類
が異なっている。($55)王道の@に
行って驚いた事に、日本と殆ど同じで
あった!当たり前の話でFLORIDAが本
家だから逆な訳で・・・。
ロマンチックな心トキメク夢の世界DISNEY LANDに居るのに暫くすると私の心はみるみる冷めていった。それもその
はずで私は小さい頃に何回も行った事があるし、25歳になって着ぐるみと笑顔で写真を撮っているととても恥ずか
しくて顔が引き攣った。そんな感じでもう後5年は行かなくても良いと思った。ただ、観光シーズンを外せば待ち時
間15分以内で全ての乗り物が乗れるので好きな人には今がお勧め。

3日目は天気も良くホテルの敷地内でバスケットボール、テニス、プールで泳いだ。日中何時間かプールで遊んで
いただけで少し日焼けをした。冬なのに日焼けとは正直驚き、そしてアメリカ大陸の大きさを肌で体験出来た。同じ
国なのに時差があり、天候の違い、人種の違いがある。旅行をするとそれぞれの文化の違いを体験する事が出来
るし、同じ国の中でもアジア人の扱われ方の違いにも気付き、英語を使う実践的な訓練にもなるので好きだ。新た
な刺激を求めた今回の旅行も大満足で終わったのだが、つくづく老けたと感じた・・・。

(↑安くてホテル付のチケットが買えるので参考までに) 



【2004年2月6日(金)】
 
今日は長い冬眠生活からやっと脱出したような気分であった。学校のクラスをレベル4からスタートし1ヶ月毎に今までレベルを上げてきたのだが、レベル7に来てから4ヶ月が経っていた。同じ文法を何回も勉強し少し飽き飽きしていた。年末に「まだ半年もあるから焦らずゆっくりレベルを上げていこう。レベル9が一番上だし焦ってもしょうがないから」と方針を決めていたのだが、それが裏目に出たのか堕落してしまった。勘違いしていた事に(一番上のクラスになったら英語が上手く話せるようになっている)と思っていた。実際にはそんな事実は存在せず「自分の勉強したい文法を選んでクラスを決めれば良い」そして「クラスでの居心地が良くなれば、それはクラス変えのサイン」今まで学校に居て私なりに気付いた事だった。そこで新たな英語に対する刺激が欲しくなり、長い間世話になったレベル7の午前・午後のクラス共に変える事となった。

最後の授業では午前中に学校の近所にあるUnited Nationsで世界平和について学び、午後はいつも通り皆と楽しく会話をした。私の担任Melissa、Jackieも今では私の良き相談相手であり友人である為別れるのは少し辛かったが、これからも付き合っていこうと思う。最終的に自分の考えている道から反れた場合には、(何か物足りない)(日本に帰りたい)など頭に浮かぶので、それは「何か新しい事に挑戦しろ」という合図なのかもしれない。

@United Nations

@Rennert Bilingual


【2004年2月9日(月)】
 
今日は心機一転学校へ向かった。レベル8に上がっての初めての授業の為少し緊張
していたが、先生のGeraldがとても面白い活発なお爺ちゃんだったのですぐに馴染め
た。どこの国も年寄りは話好きで生徒よりも沢山喋っていた様に思う。

焦っていた授業内容も大した差は無く、また一通り学んだらレベル9に上がろうと思っ
た。午後は初めから分かっていたが、Ansonは最高の先生である事を再認識出来
た。

今後まだ充分な時間はあるが、消極的な考えは捨てて前に進んでやれるところまで
行こうと心に誓った。

Gerald

Anson
それともう一つ嬉しくて驚いた出来事があった。私のニューヨーク日記をたま
たま見付けて読んでくれた人と初めて学校で出会った。友人になりHPを紹
介する事はあっても、相手から声を掛けてくれた人は初めてでとても光栄に
思った。ただし、読者の皆さんが日記を読むうえで想像する私は一体どんな
人なのだろう?どう思っているのだろう?などと考えてしまい、少し恥ずかし
くなった。今後私を見つけたら声を掛けてくれると嬉しいです。

そして最近解消しない問題がある。何か生活に物足りなさというか満足して
いない部分があり、それが何なのかは未だに分からない・・・。



【2004年2月11日(水)】
 
放課後Ansonから招待状を貰った。それはChina Institute Galleryのオープ
ニング・セレモニーに参加出来るものであった。(125 East 65th Street)
彼は他に用事があるらしく出席出来ず残念そうであったが、快く私に譲ってく
れた。主に14世紀〜17世紀の中国で作られた手の込んだ金製アクセサリ
ーが展示してあると共に、無料で中華料理が振舞われた。初めReceptionと
いうと高貴な人が来るイメージがあったが、私達学生でも十二分に楽しむ事
が出来た。来ていた人は殆ど芸術好きでお喋り好きな年寄りばかりで、私達
も突然話し掛けられた。芸術に関して言える事は、ニューヨークでは外見で人
を判断しない傾向があるようで、スーツを着た人、普段着の人、変わった格好
をしている人、それぞれが同じ舞台に立ち一つの事を楽しんでいる。格好を気
にする日本の文化は学校に居るとすぐに分かる。特にアメリカ人と日本人を
比べると後者の方がものすごくお洒落だ。私が言いたい事は、日本人は常に
どんな場所に居ても身なりや他人に気を使っているという事。
私は人が会話をしている最中に口を挟むのが嫌いで、それは日本の文化が影響していると思う。先生曰く「この国
では自分の意見を伝えたいと思ったら、脇から口を挟んでも構わない。我慢する必要はない」しかし、嫌なモノは嫌
な訳でどうしても性格を変える事は出来ないし、変える必要もないと思う。いずれにせよ英語は日本語よりも直球
で、物事をハッキリ伝える言語のようだ。



【2004年2月12日(木)】
 
学校が終わってから久しぶりにホームパーティーを主催する事にした。クラ
スを変えてからまた新しい友人が出来たので、ゆっくり家で皆と食事がした
くなったからだった。今回は素晴らしい?!リビングが完成したので、ちょっ
と自慢げに準備をした。

いつも通り飲みたい酒を持ち寄り、私が作った料理を食べながら乾杯した。
途中ギターを持ってきた友人が下手くそながらBeatlesや古いカントリーを弾
いてくれたので、その場の雰囲気がとても和んだ。しかし、韓国語の為さっ
ぱり理解出来ずに終わった・・・。今まで同じアジア地域で育った人とはよく
二人で遊びに行った事はあるのだが、ヨーロッパ、アメリカと言った白人の
友人に関しては少し抵抗があった。英語に自信が無いからか?顔が違うか
らか?色々と考えた事もあったが、どれも違った。単純に自分自身の中にあ
るそれぞれの国に対する固定概念を捨て切れていなかったからであった。
人は同じ国で育とうが皆一人一人違う性格を持っている訳で、考え方も全
て同じ人なんて存在しない。
そんな簡単な答えを得た後、酒好きなドイツ人のMarc(26歳)と二人でキャ
ンドルの綺麗な灯りの下遅くまで語った。彼はもうすぐ帰国してしまうが、そ
の前に5年以上付き合っている彼女と1週間観光をするそうだ。「結婚しない
の?」と聞くと「ニューヨークはその場所に相応しいと思う」と一言。この街に
一生は住みたくないが、この彼の言った言葉(プロポーズをする)は、ニュー
ヨークをどんな場所か説明するのにとても適した文章だと思った。ベッドに入
り目を閉じると、ドイツの緑豊かな大自然の中Marcが幸せそうに奥さんと歩
いている姿が頭に浮かんだ♪


【2004年2月16日(月)】

夜明けと共に私はタクシーに乗っていた。今日PSが韓国に帰国する為JFK
空港まで見送りに行った。寮に住んでいた時から金魚の糞の様に私の後に
付いてきた。朝から晩まで一緒に過ごし、ニューヨーク生活を楽しませてく
れた。そんな彼と一緒に過ごす事で英語の夢を見られる様になり、会話能
力も格段に上がった。
いつも明るい彼の笑顔が時には私を困らせ、突き放した時もあった。そんな
想い出が頭の中を過ぎり、空港へ行くと胸が詰まって会話が出来なくなっ
た。最後まで笑顔を絶やさなかった彼は、ゲートをくぐった後に一度だけ振
り向いて大きく手を振ってくれた。

「人」という字は、人間が二人居て形作られている。一人では何も意味を成
さない。国籍の違う二人が同じ時期に偶然ニューヨークという場所で出会
い、固い友情を結んだ。英語が下手でも心で会話が出来た。そんな彼はも
う大空に消えてしまった・・・。私は彼に何をしてあげられたのだろうか。大
粒の涙が頬を流れた。
「家族愛に乏しかった幼少時代の記憶を、Yukiと過ごす事で塗り変える事が出来た」と彼は
言った。彼が書いてくれた乱雑な手紙の中に

「大切なモノと出会ったとしても・・・Life goes on・・・」

人生は常に時を刻んでいる・・・そして別れは必ずやって来る・・・でもしかたがない、それが
人生だから・・・。

いつか会いに行こうと思う、韓国に居る私の弟に!  
You are a lot to me!! My Brother!!



【2004年2月20日(金)】

今週は私にとって本当に苦しい週であった。月曜日に親友との辛い別れがあり、その
後突然風邪を引いた。その上TOEICを4日後に控えていたので勉強しなくてはならな
かったのだが、そんな気にならないほどの高熱に冒されていた。ニューヨークに来て約
8ヶ月経って初めての病、とても不安であった。

ルームメイトもたまたま日本に帰国しており、頼れる人が傍にいなかった。TOEICを受
けるのに$65学校へ払っていたので特別授業だけは受けに行ったが、その他の授業
は全て休んだ。薬を飲んでも充分睡眠をとってもなかなか熱は下がらなかった。
テスト当日の朝、起きてみると奇跡的に体が軽くなっていた。2時間あるテストも集中して
回答する事が出来て何だかとても嬉しく感じた。

帰り道に予約していた近所の美容室John Gabriel Salon(194 Bedford.Av)で髪を切っ
た。アフロの主人に「英語で上手く説明出来ないから任せた。ショートカット!!」と伝え、
終わりを待った。出来栄えには満足出来たが、$50と少々高かった・・・。

それにしても健康には気を付けようとつくづく思った。異国の地で病気になっても誰も助け
てなんかくれないから!



【2004年2月21日(土)】

風邪も大分良くなったので、学校の課外授業に参加した。

Chelseaにあるアート・ギャラリー巡りで、5カ所ほど回った。WEST 26 ST近辺には様々な
ギャラリーが至る所に存在している。昔から芸術とGayに馴染みの深い一角で、先生曰く

「今ではChelseaはお金目的の古いギャラリー、Williamsburgは若い芸術家が経営する新
しいギャラリーがある」 との事。
私はどちらにしても作品を買う金はないので、関係なくどちらも楽しんでい
る。ギャラリーには日本では見かけないアメリカらしい絵画や美術品が沢山
展示してあり、いつまで居ても飽きる事はない。

マンハッタンには同じ趣味を持つ人々が同じ場所に集まって組合を作ってい
るので、自分の居心地の良い場所がきっと見つかると思う。



【2004年2月28日(金)】

夜ふと窓に目をやると外に消防車が4台止まっているのが見えた。
後からパトカーも来て家の近所はパニック状態に陥っていた。私は暫
く外を覗いていたが、最後までその原因は分からなかった。

ニューヨーク日記で紹介する私の体験には、危機感の感じられる文
章が今までなかったので紹介しようと思う。私が初めてこの地を踏ん
だ頃、恐怖感から夜10時以降は外出をした事がなかった。今では慣
れて夜遊びもするようになったが、酔っていたとしても気を張って帰宅
するように心掛けている。
私の周りにも危険に晒された知り合いは多い。地下鉄で襲われた人、意味も無く殴られた人、窃盗にあった人、銃
を持った集団窃盗団に洋服屋で出くわした人・・・とニューヨークは決して安全とは言えない。ただ、それは普段から
の危機管理の問題で、いつも注意して行動していれば危険に遭遇する確立は限りなくゼロに近い。現地での生活
に慣れてくれば、行ってはならない場所や危険に対する感覚が自然と養われるので特に気にする必要はないと思
う。最近私の住むWilliamsburg近辺でも殺人事件や銃絡みの犯罪が多発しているので気を引き締め直そうと思う。



【2004年3月3日(水)】
 
ニューヨークに居ると日本の行事をたびたび忘れる事がある。
今日は桃の節句だという事を午後のクラスの先生に気付かされ
た。そういえば最近急に暖かくなり、薄手のジャケット一枚で外を
歩けるようになっていた。昨年ニューヨークは4月頃まで雪が降り
続けるという異常気象だったので、私はまだ春の到来を期待してい
なかった。

そんな話を聞いた後に、ふと雛人形が見たくなった。放課後紀伊国
屋で本を買うついでに隣にある源 吉兆庵(608 Fifth Ave)を
覗くと、そこには立派な段飾りが飾ってあった。
仕事帰りのニューヨーカーも興味深そうに立ち止まってはジッと見入っていた。そんな姿を見ていると日本の文化っ
て素敵だなとつくづく感じた。ショーウィンドーを覗いていると和菓子の見た目の美しさから繊細な日本の甘味が恋
しくなり、珍しく和菓子を買ってしまった。

日本を発って8ヶ月、私は日本語を少しずつ忘れかけている事に気付いた。脳が英語の思考回路に変化してくると
共に、日本語がなかなか出てこなくなる。英語を学ぶ上では良い傾向だが、私の育った素晴らしい日本の文化は
忘れずに大事にしていきたいと思う。



【2004年3月4日(木)】

ニューヨークに従姉妹が遊びにやってきた。彼女も私と同じように仕
事を辞め世界を旅し、今年夏からLos Angelesで有給インターンシッ
ププログラムを始める。男勝りの行動力と負けん気の強さで、いつ
も一人で何でもやってのける姿には逞しさを感じる。ニューヨークで
も一人で楽しそうに毎日朝から晩まで散策していた。時間を有効に
しかも無駄の無いように過ごす事がいかに大事かを、彼女がもう一
度私に教えてくれた気がする。放課後Grand Central駅で待ち合わ
せをして、家の近所で夕食を取った。久々の再会がニューヨークだ
と何だか二人とも国際人だなとふと感じた。
私達は場所や働く分野は違えど同じような目標を持っているので、これからもお互いを刺激し合いながら励ましあっ
ていこうと強く思った。彼女にとって今回のニューヨーク訪問は3回目になるそうだが、いつもメトロポリタン美術館に
あるゴッホの絵が新たな発想を与えてくれるらしい。今回の訪問で一体彼女はどんな新たな進路を見出す事が出
来たのだろうか!今後に期待したいと思う。



【2004年3月5日(金)】

金曜日はクラスで映画を観たり、外へ出掛ける課外授業が多い。
そこでGeraldに何をするか聞くと、私が最近借りた映画を観賞する
と言う。ガッカリしてレベル7の先生Melissaにその話をすると、最新
作を映画館で観るという素晴らしい答えが!そこで今日だけクラス
を移り、映画を楽しんだ・・・。期待外れの内容だったので細かい話
は止めておこう。

その後も勢いでMelissaの自宅まで初めて会った生徒達にくっつい
てお邪魔させてもらった。彼女が動物好きな事は昔から知っていた
のだが、部屋に入って度肝を抜かれた!
まず犬の激しいお出迎えの後、玄関脇に小さな蛇の入った水槽が見えたからだ。3LDK
の1部屋は完全に飼育小屋と化し、カメレオン3匹(角が3本あり珍しい)が木にぶら下
がっていて、毒々しい蛙2匹、蛇???匹が飼われていた。

他にも猫2匹と彼女の家は小さな動物園の様でとても不思議であった。水槽から蛇を取
り出し体に巻きつける彼女を見ていると何だか身震いがした。昔Halloween Paradeで魔
女に変装し、蛇を何匹か頭に乗せて街を歩いた事があると彼女は得意そうに語った。

ニューヨークで凄い先生に出会った事に感謝!でも10月31日だけは絶対に会いたくな
いなぁ・・・。



【2004年3月14日(日)】

最近一人でどこかに出掛ける事が少なかったので、久々に
MoMA QNS(45‐20,33St)に遊びに行く事にした。たまたま前日
クィーンズの友人宅で過ごしていたのだが、7番線が停まってい
た為74Stから33Stまで歩くハメになった。慣れないブーツを履
いて歩いた為靴擦れし、目的地に到着する頃には疲労困憊であ
った。マンハッタンにある本館が改装工事の為ここは規模が少し
小さい感じがしたが、中身は私の好きな個性の強い現代美術作
品が沢山飾ってあった。(学生$8.50)画の他に立体的な作品
や音楽や映像を組み合わせた特殊なモノもあり、とても興味深
かった。
GoghやWarholなど有名な作品を眺めるのも好きだが、何かを考えさせてくれる作品を数点発見出来たので充実し
た時間が過ごせた様に思う。

ニューヨークに来て必死に毎日を充実させようと今まで張り切ってきた。そのせいか力が入り過ぎて最近は何度も
言うように物足りなさすら感じていた。そんな時先生に「ただ公園や芝生の上に座って美しい景色を眺めているのも
素敵じゃない?気持ちも落ち着くと思うわよ」と言われ、私は我に返った。お金を払いどこかを訪れる事だけが有意
義な過ごし方ではなく、感じるままに街を散策したり、晴れた日に景色を眺めたりする事も幸せな時間の使い方だ
と思うようになった。やる気や興味を長い間維持する事はとても意志が強くなくては絶対に達成出来ない。そんな
日々の忙しさの中にもちょっとした休息、自分をもう一度振り返る時間を挟んであげるだけで気持ちもリラックスして
今後を良い方向に持って行く事が出来ると思う。



【2004年3月19日(金)】

引っ越してからあまり外で食事をしなくなっていた。そんな時友人が面白いレストラン
があるから行こうと誘ってくれたので二つ返事で楽しみについて行くと、そこには男な
ら誰でも喜ぶ光景が広がっていた。

HOOTERS (211 Broadway at 56st) と呼ばれるその店には、美人でスタイルの良い
セクシーな格好をしたウェイトレス達が笑顔で私達をもてなしてくれた。しかも大勢居
るウェイトレスの中でも一番可愛い子が担当になり、料理を運んでくる度についつい顔
がニヤケテしまった。料理はいたって普通のアメリカ料理(サンドウィッチやハンバー
ガー、フライドチキンなど)だが、店はとても混雑していた。

言うまでもなく客は殆どが男で、皆の目線はウェイトレスに釘付けで何とも
言えない厭らしい空気が流れていた。それもそのはず、ここで働いている女
の子は皆モデルやレースクィーン出身の子ばかりなのでスタイル抜群!男
客が集まる理由もすぐに分かった。楽しい夕食の後に気になった店名の意
味を調べてみるとズバリ「乳房!!」納得という感じでした。

美味しくて雰囲気の良い店で食事するのも好きですが、こういったある種の
テーマに沿った店も興味深くて好きになった食事会でした♪



【2004年3月20日(土)】

同じクラスのイタリア出身Antonella(27歳)が家に遊びに来た。彼
女はイタリア語、スペイン語、英語と3ヶ国語話せるという尊敬に値
する人で、昔テレビ局で働いていたという共通点から最近仲良くな
った。日本食が大好きな彼女の為に、和食とタイ料理が食べられ
るレストランに入った。PLANETHAILAND (133 North 7th) で本格
的な寿司?を味わい、それぞれの文化について語り合った。彼女
は日本人がパンを普通に食べる事すら知らなかった。最近では日
本を舞台にした映画が世界各国で公開されているにもかかわら
ず、世の中にはまだまだ日本を誤解している人が沢山居る事に正
直驚いた。
逆に店内には多くの客が寿司を好んで注文している事実にも驚かされた。
寿司、醤油、日本酒、ビールなどは全世界でも有名で、箸を使える人も珍し
くない。ニューヨークでは箸はフォークやナイフと同じ様な物なので、上手く
使える人を見ても驚く必要はない。食後に近所にあるアンティーク家具屋、
洋服屋、ギャラリーを夕方まで見て回った。Williamsburg にあるギャラリー
には私達でも何とか手の届く範囲の個性的なニューヨークらしい画が売られ
ている。とは言っても$500〜ですが・・・。その後昼に食べたカリフォルニ
アロールを本当の和食と思われたくなかったので、自宅で夕食を作った。松
茸ご飯、味噌汁、納豆、鰻の蒲焼、天婦羅、蕎麦、日本茶でもてなすと、彼
女は美味しそうに全て平らげた。異国の友人と触れ合う事で日本の文化の
重要さを改めて知り、相手の国の現在の姿を知る事が出来る。日本人留学
生が不安な様に彼らもまた同じような心境な訳で、ヨーロッパ人だからと言
って怖がる必要は全くない。ニューヨークは世界にたった一つしかない素晴
らしい場所、なぜなら世界各国の人々から形成されている唯一の場所だか
ら!知らない場所を訪れる事と同じ様に、新しい友人と過ごす事は私にとっ
て授業の他に大切な事であり、視野を広げる素晴らしい経験にもなってい
る。



【2004年3月21日(日)】

土曜の夜友人と別れてから3時間後に目覚ましの音で飛び起き
た。眠い眼を擦りながら昼飯用のお結びとべーグルを作る。6時過
ぎにMelissa のJeepに乗り込み、マンハッタンの美しい景色を見な
がら高速を北へ走った。今日はニューヨークに来て初めてにして最
後のスノーボードに行く日であった。季節も冬から春に変わり、今
日がシーズン最後になるだろうと予測出来るくらい暖かい小春日
和だった。ニュージャージーにあるゲレンデまでは約2時間で到着
するはずであったが、通り過ぎてしまい時間が掛かってしまった。
しかも車内ではMelissa と彼氏が口喧嘩を始め最悪のムードの中
私は何も言う事が出来なかった。

口は挟めないが不幸にも何を言っているのか全て分かってしまう
ので、正直くだらなくて二人とも子供だなと感じてしまった。現地に
着くと親切な人がチケットを無料で譲ってくれた。という訳で今回の
出資は$7で全て済んでしまった。ゲレンデは雪が少なく地肌の見
える場所があちこちにあり、あまり面白くなかった。彼氏は初心者
なので私達の後を追う形となったので少々気を遣った。そして帰り
道に事件が起こった。車のエンジンが掛からなくなったのだ。しか
たないので彼氏と私が降りて押し掛けをした。結局最後には元通
りになったのだが、これをキッカケに最悪の喧嘩が勃発した!映画
で聞くような汚い言葉が飛び交い、私も巻き込まれた・・・。なぜこ
んなに幼稚なのだろうか?興奮し易いのは分かるが、こんなに頻
繁に喧嘩が始まるとさすがにムッとしてしまう。

さらに生徒として信じられない光景を先生の車の中で見てしまったので正直今後の事を考えた。何を見たかは秘密
だが、久々のカルチャーショック?であった。ともかくニューヨークからは気軽にスノーボードを楽しめる場所が沢山
あるので、好きな人には用意をしてくる事をお勧めする。筋肉痛が・・・。



【2004年3月23日(火)】

The Gershwin Hotel (7 East 27th st) では毎週火曜日に異なった内容
のOff Broadway Show を観る事が出来る。($10)今日は学校の課外
授業で中に入ったのだが、改装したばかりのホテル内にはバーと舞台
が隣接しており、好きな酒を持って席に着くという素晴らしい特典があ
る。内容はいかにも素人っぽい俳優が詩を読み、皮肉を混ぜながら客を
笑わせてくれた。低予算の舞台なので煌びやかさは無いが、面白トーク
には満足出来た。英語が速い為あまり理解出来なかったのが悔しい。
最近TOIECの結果が返ってきた。点数はズバリ620点!(990点満点)良いのか
悪いのかは判断出来ないが、これが9ヶ月経った私の英語力である。初めて受け
たテストの評価は6段階中上から三番目のAで、とりあえず履歴書には記載出来る
最低ラインは超えているらしい。ただ例え点数が900点を超えているからと言っても
誰でもペラペラ話せる訳ではない。そして残り3ヶ月という期間内で私の英語力がど
れだけ伸びるかは大体予想が付くようになった。生活する上での不自由さは無くな
り、相手の話している事は言い返せないとしても大体理解出来る様になった。何と
なくもうすぐ日本に帰国する事を想像すると、もっともっと毎日を充実させたいと感じ
る様になった。

来月からはAsahi Shimbunのインターンシップも始まり、「文章を書く」という私の趣
味を活かした仕事を頑張ろうと思う。ニューヨークは今春を迎えようとしている。桜と
共にもう一度弾けて青春時代の再到来を期待したいと思う♪


【2004年3月25日(木)】

放課後Madison Square Gardenにてアイスホッケーを観た。($29.50)New 
York Rangers VS Nashville Predatorsの激しい試合で、ルール等を全く知らない
私でも十二分に楽しめた。今まで観たスポーツの中で比べると、氷の上を自由自
在に滑るアイスホッケーの選手達が一番カッコ良いと思った。席は一番安い場所
ではあったが、氷の削れる音、スティックが交わる時の甲高い音、壁に激突する
音、全てが新鮮で心を揺さぶった。試合の他に楽しみにしている熱狂的なファン達
にも出会った。調度後ろに座っていた高校生達は揃って応援歌を大声で歌っては
何か話し合い、また同じような事を繰り返す。だからスポーツ観賞は止められな
い!そしてアイスホッケーと言えば「喧嘩」。残り時間数秒という時に期待していた
激しい喧嘩が始まった。観客はやっとこの時が来たと言わんばかりに総立ちにな
り、大興奮で見守っていた。結果として地元Rangersは2−4で負けてしまったが、
白熱した試合に感謝の意を込めて最後に大きな拍手を送った。



【2004年3月26日(金)】

ニューヨークと言えば「夜景の綺麗な街」としてあまりにも有名だが、そん
な景色をゆっくり楽しめる場所には今まで行った事がなかった。そこで友
人の友人が日本から遊びに来たついでに夜景の見える高級レストランに
一緒について行く事となった。Beekman Tower Hotel(3 East.49st)の最
上階にある店に前もって予約をし、当日皆正装をして食事をした。インタ
ーンシップ用のスーツに何年か振りに袖を通すと、体がシャキッとした。
シャンパンで乾杯をし、コース料理を楽しんだ。($33)
パン、前菜、メインディッシュ、デザートと最高の夜景でこの値段はとても得をした気分になった。デリの様な雑な接
客ではなく、紳士なウェイターが気持ち良い対応をしてくれたのもまた印象に残った。残念ながら女の子4人と行っ
たにも関わらず、私は男として見られていないのでロマンチックな気分に浸る事は出来なかったのだが・・・。それに
しても随分と暖かくなったと思う。高層ビルのベランダから長い間夜景を見ても凍える事ももうない。やっと夜遊びの
楽しい季節がやって来た♪


【2004年3月28日(日)】
 
春風の吹く暖かい朝の日差しを浴びているとそれだけで外出したくなる。

サングラスをかけて街中を歩いて回った。ここへ越してきた頃から始まった
アーティスト達によるインドアマーケットに寄ってみた。家のすぐ側にあるそ
の場所には、若手アーティストが思い思いに小さな店を広げている。
(North6沿い)Tシャツやらアクセサリー、古本、古着と何でも揃っていて楽
しい。
たまたま手書きのイラストの入ったカッコ良いTシャツを見つけたので、店の主人と相談
しながら購入。驚いた事に以前よりも規模が大きくなっていた。

こうして私は町の変わり様をいつも感じながら、Williamsburgを深く愛す様になった。そ
の後前から興味のあった油絵を始める為の用意をしようとチャイナタウンに向かった。
PEARL PAINT(308 Canal.St) は5階建てのビルでアートに関する物なら何でも揃う便利
なお店だ。今まで画など書いた事のない私は戸惑いながらも一丁前に道具を揃えた。
まだ何を描くかは決まっていないが完成したら紹介したいと思う。そして最近壮大な構
想を立てたので帰国する前にぜひとも成し遂げたいと思う。まだ内緒だが今後私がこの
町を離れても残る事を期待している。


【2004年3月30日(火)】

スーツ企画第二段としてThe Metropolitan Opera
(Broadway 66thSt)に出掛けた。ここは世界最高峰オペラ
劇場の一つで、場内の装飾は息を飲む美しさ!これには
感激で赤い絨毯の敷いてある階段を溜息をつきながらゆ
っくり上り座席に着いた。舞台のすぐ側には立派なオーケ
ストラが陣取り、天井には豪華なシャンデリアが吊るされ
ている。周りはタキシードやイブニングドレスなどで着飾っ
た紳士淑女が座っており、ハイソな雰囲気プンプンであっ
た。美しい音色と共に幕が開け、すぐに舞台が日本だとい
う事に気が付いた。そう、これは「Madama Butterfly」と呼
ばれる長崎を舞台とした日本人女性とアメリカ人男性のと
っても切ない恋物語?であった。($25)
字幕を座席の目の前で見る事が出来るので内容もよく分かりとても面白かったという
か、もう少しで涙するところだった。それぐらい最終的には感動する傑作だったのだ
が、途中隣を見るとコックリコックリ友人が居眠りを・・・馬鹿にしながらもその後
自分も眠りに落ちて恥ずかしかった。

それに休憩時間中にロビーで食べたタルトとシャンパンも絶賛で大満足の一夜であっ
た。正直に言うとオペラやミュージカルといった長時間集中して観る劇などが苦手だっ
た私だが、今日改めてオペラファンになった。それぐらい久々に感動して長時間余韻
に浸っていられる傑作であったと思う。それと「Kill Bill」や他の日本を誤解して描いた
映画と比べると、今回のオペラは本当に日本文化を上手く表現していると感じた。
着物や景色の美しさも然る事ながら、日本人女性のけな気な姿勢
や振る舞い方などが見事としか言い様のないぐらい素晴らしく演じ
られていた。しかも演じていたのは全て日本人以外の外人であっ
たから凄い!そして私がオペラファンになれた理由の一つに英語
力が上達したからという事も含まれる。字幕が出ても理解出来な
ければ、オペラは今までと同じつまらないモノであったに違いな
い。英語は人と会話が出来るだけでなく、自分の視野が広がり、
それと共に新しい分野へ挑戦出来るという特点もある。

う〜ん、久々に感激しました♪




To be continuted....

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